第8話 アンドロイドは忘れない

 今日は、琉夏と2人で買い物に来た。

 電車で4駅行ったところにある、大型のショッピングモールだ。


 この間は近所のスーパーにしか行けなかったから、琉夏と一緒にここに来たかったのだ。

 日曜日なので人が多いが、はぐれそうなほどではない。


「……ここ、来たことがあります。」


「そうなの?」


 目を丸くして辺りを見回す琉夏に、驚いて聞き返す。

 琉夏はあそこに捨てられていたということは、琉莉さんの自宅だって、遠くはないだろう。

 そう考えれば十分あり得る話なのに、つい反応してしまった。


「琉莉とよく来ていたのが、ここなんです。」


「そうだったんだ。私もたまに来てたから、もしかしたらすれ違ってたかもね。」


 私が小さく笑うと、琉夏は「そうですね。」と短く答えた。

 琉夏は顔が整っているから目立つかもしれないが、1度ちらりとでも見たら忘れないほど、強烈な容姿をしているわけではない。

 ピンクや緑等派手な髪色のアンドロイドは目立つが、琉夏は黒髪だ。


「今日はどこを見るんですか?」


「楽器屋さん行こう!」


「わかりました。」


 私が歩き出すと、琉夏は隣に並んだ。

 後ろを着いてくることが多かったが、馴染んだ場所だからだろうか。

 ……少し嬉しいな、なんて。


 エスカレーターで3回まで上がって、楽器屋を目指す。

 通りかかった店に、琉夏は自然と目を向けた。


「……ここ、琉莉が好きな店です。」


「そうなんだ? 可愛い服いっぱい売ってるね。」


 つい立ち止まって、琉夏が見ている方に目を向けた。

 可愛らしい印象の服が並んだ、若い女性が好みそうなブランドの店。

 可愛いものが好きで、お洒落な、女の子~といった人が着ていそうだ。


「ここに来たら必ず、この店に来ていました。月に何度も来るのに、毎回1時間以上見ているんですよ。」


「服を見るのが好きだったんだね。」


 店内を眺めて、琉夏は懐かしむように目を細めた。

 月に何度も、って、しょっちゅう来ていたんだな。

 私は月に2度も来ないくらいだったが、本当にすれ違っていたかもしれない。


「はい。職場だとあまり好きな格好はできないから、と休日は色々お洒落していました。可愛いんです。」


「可愛らしい人をイメージしてたよ。髪が長くてふわふわしてそう。」


 私が言うと、琉夏はくすりと笑った。

 愉快そうに目を閉じて「してますねー!」と言う。


「ヘアアレンジも好きで、毎朝髪を巻いていました。薄茶色の細い髪なので、カールが似合うんです。」


「何か、想像できちゃうなぁ。」


 私も釣られてくすっと笑った。

 本当に、この店の服が似合いそうな容姿。

 なんて思っていると、琉夏が私の髪を梳いた。


「わっ、びっくりした……どうしたの?」


 若干避けながら聞くと、琉夏は優しく微笑んだ。


「心優さんも、髪を巻くの似合いそうですよね。」


「私は似合わないよ? 琉莉さんとは、髪質が違うと思う。」


 撫でるように髪を梳いてくる琉夏から逃げるように後ずさる。

 苦笑すると、琉夏は残念そうに眉を下げた。


「心優さんも似合うと思いますよ?」


「無理無理。私は、あんまり可愛いの似合わないから。」


「行こ。」と声をかけて、誤魔化すように楽器屋を目指す。


「絶対似合いますのに。」


 琉夏は少し不満そうだったけど、急いで私の横に並んだ。

 5件分ほど歩いて、目当ての楽器屋に着く。

 と言っても、べつに楽器を買うわけではないのだが。


 楽譜が並んでいる棚を通り過ぎ、白紙の五線譜を手に取る。


「それを買うんですか?」


「うん。楽譜は紙派なんだ。」


 不思議そうに聞いてくる琉夏に、小さく頷いて答える。


「何も書いていない物ですか?」


「うん。白紙を買いにきたんだ。」


 迷わずレジに歩いて行くが、琉夏はまだ不思議そうだ。

 無人レジに商品を置き、スマホをかざす。

 それだけで会計が完了して、商品を鞄に入れた。


「琉夏の弾いてる曲、楽譜に起こそうと思って。」


「成程。いいですね!」


 やっと納得がいった様子の琉夏に、「楽譜書ける?」と聞いてみる。

 書けなければ私が耳コピで書くのだが。


「書けますよ。是非書かせてください!」


「ありがとう。」


 琉夏は張り切ったように手のひらを握る。

 子供っぽくて可愛らしい仕草だ。


「帰ったら早速書きたいです!」


「ありがとう。食材買ったら帰ろう。」


 既にわくわくしている様子の琉夏は、すぐにでも帰りたそうだ。

 残りの買い物は手早く済ませて、早く帰ろう。


 楽器屋を出て、今度はエスカレーターを1回まで下りる。

 食料品売り場に行こうとすると、琉夏がふと立ち止まった。


「琉夏? どうしたの?」


 はっとしたような表情でどこか1点を見ている琉夏に声をかける。

 水色の瞳が水面のように揺れていて、何だか心配になった。


「……いえ、何でもありません。行きましょう。」


 ふいと視線を逸らした琉夏は、誤魔化すように笑った。

 琉夏が見ていた方を振り返っても、特に何も目立ったものはなかった。






「――心優さん、そろそろ寝ませんか?」


 12時を回ってもベッドに入ろうとしない私を見て、琉夏は心配そうに言った。

 琉夏は私を――高校生を子供だと認識しているようだから、心配してくれているのだろう。


「明日、遅刻したら大変ですよ。」


「そうだね、ごめんごめん。」


 眺めていた楽譜をテーブルの上に置いて、琉夏の方を向く。

 琉夏はそんな私を見て、嬉しそうに笑った。


「ずっと、楽譜を見ていましたね?」


「嬉しくて!」


 琉夏がインクで書いてくれた楽譜を、まるで小説か何かのように読み込んでいた。

 丁寧に書かれた丸が五線譜の上に踊っていて、強弱や速度を表す英語は、少し丸っこくて可愛らしい。


 丸が整っているのは、アンドロイドだからだろう。

 人間は、ここまで正確に丸を書くことができない。

 文字が丸いのは、琉莉さんの影響だろうか。


「ありがとうございます。楽譜は明日でもゆっくり見られますから、睡眠不足になる前に寝ましょう。」


「わかった。ありがとう。」


 一足先に寝転んでいた琉夏の隣に上がる。

 私が横になると、琉夏はいつものようにくっついてきた。


「……心優さん、質問いいですか?」


「いいよ?」


 琉夏は何故か少し畏まって聞いてくる。

 少し体を動かして、琉夏の方に顔を向けた。


「人間とアンドロイドの違いって、何だと思いますか?」


 てっきり琉夏は私を見ていると思ったが、見ていなかった。

 水色の瞳は何を見るわけでもなく、上空に向いている。

 どういう質問なのだろうか。何だか難しい話だ。


「うーん……『涙』が出るかどうか、とか?」


 少し考えてから、思い至った答えを出す。

 アンドロイドは人間と同じような表情ができる。感情を持っている。

 けれど、涙は流すことができない。

 一番の違いはそれではないだろうか。


「成程。そういう意見も、あるんですね。」


「琉夏は? 琉夏はどう思うの?」


 真剣な表情で頷く琉夏に、今度は私から聞いてみる。

 琉夏は私には目を向けないまま、「そうですね……。」と呟いた。


「僕は――『思考』、だと思うんです。思考過程。」


「『思考』?」


 私が繰り返すと、琉夏は深く頷いた。

 唇が上がっていなくて、なんだか不安になる。


「アンドロイドの思考結果は、人間に似せられています。それでも、所詮は、0と1だけで計算された結果で――演算結果は、すぐに出ます。」


 アンドロイドも発言などは人間に似ている。思考結果も、人間に似せられている。

 けれど過程は、どう頑張っても真似できない。そう言いたいんだろう。


「表面だけは、人間と同じかもしれません。答えは、人間と似ているかもしれません。けれど中身は、どこまでいっても、僕は人間になれないのです。琉莉や心優さんが、思考しているのを見るたびに――そう、実感するんですよ。」


「アンドロイドと人間の違いを?」


 琉夏はまたしても深く頷いて、続けた。

 優しい声が、しっかりと、何だか重く、言葉を紡ぐ。


「――アンドロイドは、んです。」


「それって――」


 琉夏は私の言葉を遮るように、ゆっくりと目を閉じた。


「それだけです。おやすみなさい。……すみません。」


 もう寝なさい、と親が子に言うように。

 有無を言わさず、琉夏は会話を終わらせた。


「……うん。おやすみ。」


 聞きたいことは、明日聞けばいいしな。

 私は琉夏に背を向けて、おやすみを返した。

 微かに琉夏の動く音がして――そっと、身体に腕を回される。


 今日は、いつも以上にくっついてくるな。

 可愛い、なんて思いながら、目を閉じ、眠りについた。

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