走れバッファロー

逆塔ボマー

メロス・ザ・グレート ファイナルラン

 メロス・ザ・グレートには三分以内にやらなければならないことがあった。

 シラクスの市より村に帰り、妹を結婚させ、またこの場所に戻ってこなければならないのだ。

「三日間など生温い」

超暴君スーパーディオニスは哂った。

「三分間だ。やってみろ」

超暴君はその名に恥じぬとんでもない無理難題を平然と口にした。

「出来らぁっ!」

「なに?」

「三分で村に帰って妹を結婚させてまた帰ってくるって言ったんだよ!」

「こりゃあ面白い奴だ。こりゃあどうしても三分で戻ってきてもらおう」

「えっ、三分で村に帰って妹を結婚させて戻ってくる?!」

 メロス・ザ・グレートの悪いくせが出た。引っ込みがつかなくなったのである。仕方がないので旧友を呼び出して貰って人質に置き、王とその臣下の見守る中、メロス・ザ・グレートはクラウチングスタートの構えを取った。

「よし、では、はじめ!」

 王がストップウォッチを押すと同時に、メロスは弾丸のように……比喩ではなく人智を越えた速度で駆けだした。

【残り 3:00】

 メロスには政治が分からぬ。メロスは村の牧人である。笛を吹き、暴走を始めれば全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れと遊んで暮らしていた。

 政治なんてものは殴れば壊れると思い込んでいたが、なかなかどうして超暴君スーパーディオニスとその臣下の兵士たちは強敵だった。一人一人ならメロス・ザ・グレートよりは格下だったろうが、人数が多い。数に任せてこられては流石のメロス・ザ・グレートといえども取り押さえられるほかなかった。

 事実上の苦い敗北の果てに、こうしてたった一人の友を人質として駆けるハメになっている。ダメ元で妹の結婚の話をしてみたら、こんな賭けに使われる始末だ。たとえ破れたりといえども誇りまでは捨てられぬ。自身でも生まれて初めての本気で村までの道をひた走る。

 およそ四十秒……否、三十九秒で村に到達し、三秒で己の妹を見つけた。

【残り 2:18】

「いま、ここでお前の結婚式を挙げる。一分間でだ。いいな」

【残り 2:13】

 妹はメスガキであった。兄に事情があることはたった一言で理解した。人類の事実上の上位種ともいえるメスガキの察しの良さ、空気を読む能力、人の心を動かす能力をフルに活用して、兄と共に疾風のように村の中を駆け巡り、婚約者やその親族、主だった村人を十秒で物理的に集め、十二秒で納得させた。もちろんその合間に妹は兄の買ってきた花嫁衣裳への早着替えを済ませていた。

【残り 1:51】

 こればかりは超人的な兄妹の速度や能力に頼らず、しっかりと礼節に則って神々への誓いの言葉を述べ、皆からの祝福の言葉を受けるのには、流石に三十秒を要した。

【残り 1:21】

 メロス・ザ・グレートは妹と参列者のために市で買ってきた御馳走の材料をその場に置くと、時間が貴重なのも承知で妹婿の肩に手を置いた。メスガキの妹を娶ろうというくらいだからロリコンで、しかし、それ以外には欠点らしい欠点のない好青年だった。

「妹を、頼む」

【残り 1:18】

 予告の通り、きっかり一分間で形式だけでも結婚式を終え、メロス・ザ・グレートは再びシラクスの市に向けて駆け始めた。

 およそ四十秒で来た道、本来ならば余裕をもって帰りつけるはずだった。

 だが。

「なん……だと……」

 道程の半ばほどで、彼は足を止めるほかなかった。

 来た時には描写もされずに飛び越えていた小川、それが今や、ごうごうと音を立てて流れる巨大な濁流と化している。流石のメロス・ザ・グレートも描写を省略して越えられる川ではない。

 地の文がサボっていたわけでもないので、ここまでの間に雨も降ってはいない。さては超暴君スーパーディオニスが上流にある超巨大ダムでも破壊したか。妨害工作がダイナミックかつ陰険だ。

【残り 0:57】

「いったい、どうすれば……!」

 悩む間も惜しいのは承知の上で、メロス・ザ・グレートも刹那悩む。

 助走をつけて飛び越えるか、それとも濁流の中を泳ぎ切るか。いずれも確実性に欠ける。少し間違えればそれだけで数十秒のロスになる。どうするか。

 そんな時だった。

 考えを巡らす彼の背後から、聞き覚えのある地響きの音が聞こえてきたのは。

【残り 0:41】

「お前たち、来てくれたのか!」

 メロス・ザ・グレートが喜色満面で叫んだ時には、それらは川辺にまで到達していた。メロス・ザ・グレートが羊の代わりに飼っている、走り出したら全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れである。

 一頭一頭の力は僅かにメロス・ザ・グレートに劣るが、そうであればこそメロス・ザ・グレートを主と認めたバッファローたちである。そして群れて動く限りにおいて、いくつかの面においてはメロス・ザ・グレートをも上回る能力を持つ。

 言葉は要らなかった。目と目が合うだけで通じた。メロスは群れの中の一頭の背にひらりと飛び乗った。

【残り 0:28】

 バッファローの群れが一丸となって濁流を突破する。メロス・ザ・グレートを載せたバッファローを守るように、群れ全体が紡錘形の陣形を取って水流を遮断し弱める。

 ものの数秒で暴走する猛牛の群れは荒れ狂う川を渡り切った。

【残り 0:19】

「待て持ち物すべて置いてけ持ち物ないなら命をウギャーッ!」

 川を渡り終えたバッファローの群れの前に無謀な山賊が躍り出たが、口上を述べきる前に全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに数人まとめて弾き飛ばされた。この小説ではバトルアクションなど描写しているヒマはないのである。

 バッファローの群れとメロス・ザ・グレートは、野原で酒宴をしていた人々を弾き飛ばし、犬を蹴飛ばし、小川を飛び越えて砂煙を上げながらシラクスの城壁に迫る。

【残り 0:09】

「ああメロスザグレート様あなたは遅かっウギャーッ!」

 なんか知らん人(向こうは知ってるようだったが初対面である)がメロス・ザ・グレートに並走して話しかけようとしたが、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの端っこに巻き込まれて転倒し、砂煙の中に見えなくなる。この小説では長台詞の応酬などしているヒマはないのである。

 そうこうしているうちに刑場が見えてきた。警吏たちがメロス・ザ・グレートの友を磔台に吊り上げようとしている。

 メロス・ザ・グレートと、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは遠くからでも目立つ。向こうも気づいているだろうに処刑を進めようとしている。

【残り 0:03】

「だからフライング処刑やめーや!」

 メロス・ザ・グレートが刑場に飛び込むのと、約束より数秒早く処刑されかけていたメロス・ザ・グレートの親友、マイティセリヌンティウスがその丸太の如き腕で拘束を引き千切るのとはほとんど同時だった。まあ石工だし、このメロス・ザ・グレートの親友だからね、そりゃあそれくらいはね。

 腰を抜かさんばかりの超暴君スーパーディオニスの眼前で、二人の友は向き合った。

【残り 0:00……身代わり処刑阻止】

「マイティセリヌンティウス。」

「死ぬかと思ったわボケェーー!」

 石工は抱きつくよりも先にメロス・ザ・グレートの顎に渾身のアッパーカットを繰り出した。メロス・ザ・グレートは縦に三回転ほどしてから大地に落下し、傍目にはまったくノーダメージの様子で笑いながら立ち上がった。

「それはコッチのセリフじゃアホォーー!」

 バッファロー飼いの牧人の渾身の右フックで、今度はマイティセリヌンティウスが独楽のように高速で回転して、そして少しふらつきながらも止まって大爆笑した。

 その光景を超暴君スーパーディオニスとその兵士たち、それに今は停止しているがいつ全てを破壊しながら突き進むか分からないバッファローの群れが見守っていた。

 野次馬の外野も含めて全員が理解していた。

 場のパワーバランスが変化していた。

 ほとんどじゃれあいのような二人の拳の応酬だったが、見ればその威力とタフネスは理解できる。

 もしここで本気で戦いを始めたのなら……メロス・ザ・グレートと、マイティセリヌンティウス。それにバッファローの群れを加えた戦力は、超暴君スーパーディオニスとその兵士たちの暴力を、上回るのだと。誰もが正確に理解していた。

 ゆえに、超暴君スーパーディオニスの判断は早かった。

「……どうか、わしも仲間に入れてくれんか。お前らの友に加えて欲しい」

「「調子が良すぎるぞボケナスぅーー!」」

 超暴君スーパーディオニスに、二人の友の息の合ったハイキックが同時に炸裂して、スーパーディオニスは大きく吹っ飛んだ。吹っ飛んだ上で、倒れたまま楽しそうに笑いだした。二人の攻撃を受けてなお、笑う余裕があった。

 メロス・ザ・グレートとマイティセリヌンティウスも理解した。いざ本気で戦えば、おそらく勝てるには勝てる、しかし、超暴君スーパーディオニスのタフネスも戦闘力もかなり拮抗しており、こちら側にも大きな損害が出るのだと。

「万歳、王様万歳」

 どっと観衆の間に歓声が上がった。彼我の格付けと、それから、誰もがここは平和的に矛を収めることを選んだのだと、本能的に察知したのだ。そうだよね、全てを破壊するバッファローの群れが暴走したら野次馬も街も無事じゃ済まないもんね。

 ひとりの少女が緋のマントをメロス・ザ・グレートに捧げた。メロス・ザ・グレートはまごついた。友は気を利かせて教えてやった。

「まあ、チャンピオンベルトの代わりだよ。別にお前、服脱げてもいないし」

 勇者は、拳を高々と突き上げた。

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