相場の妖怪と秘書の昼休み
横島孝太郎
相場の妖怪と秘書の昼休み
あのバッファローが現れたのはいつだったか、だって? 意外だな、キミは知らないのか。
「しょうがないですよ。その頃わたしは生まれてませんし」
そうか。若いなあ。
「先生が長生き過ぎるだけだと思います」
そうかね。ともあれワタシははっきり覚えているよ、最初のバッファローがツノを突き上げた日をね。
あれは、そう、二〇〇四年の五月二十日。奇しくも十年前、こちらとあちらの世界同士が繋がってしまったのと同じ日だね。
東証の取引が始まるなり、ヤマモト&ルシファー新銀開発の株価が、十五分でストップ高になった。その後のヤマモト&ルシファーの躍進は、今更説明するまでもないな。今や二つの世界の各地に支社を持つ、新銀製造のトップ企業だ。
「新銀じゃなくてミスリルって言って下さいよ先生。向こうから来た人なんでしょうに」
人ではないんだがね、ワタシは。
とにかくそれが皮切りだ。何せ軽くて頑丈だからな、ミスリルは。それを使った製品、とりわけ自動車が良く売れた。こちらでも、あちらでも。
そうなるとヤマモト&ルシファー傘下にある自動車会社の株価が跳ね上がる。そこに部品を納入する企業の株価も跳ね上がる。それらの流通に関わった企業の株価も跳ね上がる。果ては外国、どころかあちらの世界へもカネの波は伝わった。
いやはや。一頭だけでも凄まじかったと言うに、このバッファロー達は日を経るごとに数を増した。増すごとに二つの世界の技術は、常識は、激突し、爆発し、混ざり合った。まさに全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだったな。
「さっきからバッファローって言ってますけど、それって相場の
そうだね。確かに強気の相場はブルと言われてる。でもワタシはバッファローって言いたいんだよね。いやあ思い出すなあ、あの連日の上昇チャート! まさしく雄々しいバッファローのツノだったね!
「先生の頭にもありますもんね、ツノ。ところで何かヨソの事みたいに言ってますけど、そもそも先生は向こうから来た人なんですよね?」
そうだよ? でも本格的に地続きになった一九九四年以前から、個別に来ていたモノ達はちょくちょく居たのさ。ワタシも江戸に定住してそれなりになるからねえ。
「そうした方々を、わたし達人間は神とか悪魔とか呼んでたりしてたんですよね」
ワタシの場合は妖怪だな。ふふふ、相場の妖怪か……さて、そろそろ午後の
「具体的には?」
ヤマモト&ルシファー新銀開発の株を全処分、その金でミスリル技術に駆逐された企業の株を買うんだ。まずは自動車関連の……そうだな、T社、H社、D社辺りから始めようか。
「手配します。それにしてもミスリルが無ければもっと大きくなっていただろう、と言われてる会社ばかりですね」
そうだね。そのどれもがミスリルを使っていないか、あるいはいつでも生産ラインから切り捨てられる準備をしているところばかりさ。
「何故、そんな動きをしているのでしょうか」
それは勿論、初期ロットのミスリルがそろそろ崩壊し始める時期だからさ。確かにミスリルは軽くて頑丈だが、少しでも不純物が入ると経年で遅かれ早かれ砕けてしまう。ドワーフが丹精込めて作ったものならともかく、それ以外の大量生産品、しかもノウハウの無い異世界人が作ったモノとなるとね。
そろそろボロが出て来るだろう、と見ているのさ。
「悪魔みたいな発想ですね」
そりゃそうさ。二つの世界が地続きになる前まで、キミ達人間はワタシ達の事を何と呼んでいたんだね?
相場の妖怪と秘書の昼休み 横島孝太郎 @yokosimakoutaro
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