あるバッファローの独白

神在月

知らん、俺はバッファローだからな


 そのバッファローには三分以内にやらなければならないことがあった。


 だが、彼はその事を知らないし、なんなら三分という意味さえ分かりはしない。何故なら彼はバッファローだからだ。


 ――ならばその三分で彼が何を思い、何をしたのだろうか?


 


   ●



 よう、バッファローだ。


 唐突だが、俺は今走っている、それも真っ直ぐ、ただ全力で。


 理由はない、ただ走りたいから走る、それだけだ。


 走り出す前に頭の中に『全てを破壊するバッファローの群れ』とか言う声が聞こえたが、意味は分からん、バッファローだからな。


 普段は草を食い、寝て、雌を追いかけたり雄に頭突きかましている気ままな生活をしているが、ふと、走りたいと、走らなければならないと、そう思ったのである。


 見れば、群れの仲間も皆おなじことを感じたようで、誰も彼もが脇目も振らずに真っ直ぐ前だけを見て走り続けている。走り続ける中で他の群れと出会い、重なり、混ざる様に群れの数は増えて行くが、俺達は時折導かれる様に向きを変えながら、ただただひたすら走り続けていた。


 俺はそれを確認する為に左右を見ていた訳だが気にするな、俺は気にしない、バッファローだからな。


 まあそれはそれとしてだ、走っていて気が付いた事が二つある。何故気付いたかって? ――それは俺は賢いバッファローだからだ。


 一つは、既に走り始めて朝と夜が十回は繰り返されているのに、疲れも、飢えも、渇きもない事だ。いつもなら美味そうに見える草原も、川も、全て目に入らないかのように俺達は走っている。


 そしてもう一つ、走っていて目の前にある物が全て壊れていく事だ。行く手を遮る岩も、木も、何やら人間どもが乗っている箱の様な固い何かも、人間どもが住む四角い岩壁も、全てまっすぐ走り続ける俺達の鼻先で壊れ、砕け、散って行くのだ。


 人間達が持つデカい音のする石の枝鉄砲は、いつもなら音がするたびに仲間が倒れて行くのだが、走り出してからはどれだけ音が鳴っても俺達は止まらない。


  

 途中、前足を上に掲げた馬鹿でかい石の人間や、真っ白な四角い石の壁を通り過ぎる時、見たことも無い音がする大きく四角い岩が幾つも並び、火を吹いて石を投げつけてきたが、それも全て俺達に触れるより早く砕けて風に流れて行った。



 走り、走り、走って走る。



 真っ直ぐに、俺以外は脇目も振らず、ただ前へ、前へ、何処か先へ。



 次第に周りが寒くなり、足元に白い雪が積もり始めた頃、何故か急に足が動かなくなって来て、俺は走る事を止めた。



 ゆっくりと、ゆっくりと、――歩き、進み、重い足を引きずって、前へ。



 そうして見えた広く見渡す限りの湖のほとり、何処までも続いている岩の畔に辿り着いた時、足が動かなくなって、俺は初めて背後に振り向いた。




 ――――ああ、そうか、俺だけじゃ無かったのか




 走り抜けてきた大地には、倒れ伏した仲間の亡骸が続いていて、その向こうに見えるのは、何処までも続く果ての無い荒野だけだ。



 ふと、群れに伝わる古い話を思い出していた。



 かつて、もっと群れが大きかったころは、草を求めてこの荒野をずっと歩き続け、寒さの混じる大地から、熱く燃える様な大地まで、ずっとずっと移動し続けて居たのだと。


 人間が増え、鉄の枝を振るう様になってから移動は出来なくなったのだと、そう伝え聞いていた。



 今、自分が辿り着いたこの場所は、かつて祖先が訪れていた大地と同じだろうか。それとも、もっと先まで辿り着いたのだろうか。


 だがそんな事は分かりはしないし、分からなくていい。




 ――息を吸う。


 

 きっと、これが最期に俺が吸い込む空気になるのだろう。



 どうして俺達は走り続けたのか、辿り着いたこの場所でも何も分からないがどうでもいい。――バッファローだからな。






    ●





 かつての開拓時代、バッファローの群れが栄えていた広大な大地を、遠く海の向こうから来た人間達が破壊しつくし、自分達の大地へと作り変えて行った。


 そして今、今度はバッファローの群れが開拓時以降に人が作り上げてきた何もかもを破壊しつくして、何も残って居ない更な荒野を気付き上げたのだ。



 そのバッファローには、三分以内にやらなければならないことがあった。


 

 そのバッファローが眺めた最後の景色、自分達すらも全て破壊しつくしたその光景こそが、そのバッファローがやらなければならないことだったのだろうか?



 ――――知った事か、俺はバッファローだからな。



 きっとそのバッファローなら、そう言うのだろうさ。

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あるバッファローの独白 神在月 @kamiarituki

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