夢見る少女はガラスの靴を離さない

亜璃逢

夢見る少女はガラスの靴を離さない

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。

 いや、本当は五分前には動き始めたかったのだけれど、他の人たちを巻き込んだ計画なんてなかなかうまくいかないものだ。


 煌びやかなシャンデリア。美しく着飾った人々。壁際のテーブルに並べられた数々の料理。今まさに佳境に入ろうかという、王城で開かれている王家主催のダンスパーティ。


 人々の羨望に満ちた視線を意識しながら踊っていた私はいよいよ決意を固める。

しっかりとホールドされた見目麗しすぎる王子様の腕から、敢えてもったいをつけて抜け出し、大広間を飛び出し、あの何段あるのかまったくわからない長い長い大階段を降りるのだ。


 魔女と約束した魔法の期限、零時の鐘の音が鳴り終わる前に。


 なかなかホールドを解いてくれなかった王子様の腕をすり抜ける。


「姫! せめてお名を.......」


 叫ぶ彼を一度だけ振り返り、私は猛ダッシュをかました。


 しかし、慣れない高ヒールの靴で踊りまくった足は重く、思うように走れたのは最初のうちだけだった。

 いやほんと、慣れないことってするものじゃないわね。でも今後の安寧のためよ。頑張れ私!


 階段を一段、もう一段と降りるごとに、夢のような時間が遠ざかっていく.......。

 王子様とのダンス、彼の優しい笑顔、砂糖にはちみつぶっこんだような甘い言葉、全てが幻のように遠ざかっていく.......。


「あっ!」


 転んだ拍子にガラスの靴が片方脱げてしまった.......。


 予定の場所とはちょっと違うけれど、まあ誤差の範囲だろうか。


 ここまで2分半。

着慣れないドレス、このヒールにしてはよく頑張って走ったと思う。伊達に普段鍛えてない。


 もう片方の靴をもぎとるようにしっかり手に持ち、私はドレスの裾を抱えて転がるように走った。いっそ本当に転がったほうが早いかもしれないけれど痛そうだからやめておこう。

 顔に傷がつくのも嫌だしね。うん、嫌だ。


 てことで、とにかく走った。


 そして無情の鐘の音は鳴り始める。

 リンゴーン リンゴーン リンゴーン リンゴーン リンゴーン.......




 そして、私にかけられた夢の魔法は解けてしまった。




「おいこら、花屋敷! 花屋敷遊芽!」


 え。

  

「おまえテスト中に寝るとはいいご身分だな」


 え。え。え。

 麗しの王子様の顔が近い。


 ん!?


「あと三分しかないぞ。ほとんど白紙じゃないか~」


 完全に目が覚めた。

 まさかの夢落ち!?

 わ~~~

 赤点必至。補講決定。


 でも、王子様との補講なら、こちらから望むところだわ。


 グッジョブ、私。

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