リターン・オブ・ジ・バッファロー

幼縁会

リターン・オブ・ジ・バッファロー

 パン丸には三分以内にやらなければならないことがあった。


「誰かー! 頼む、後生だから……あの、全てを破壊しながら突き進むバッファローを止めてくれぇ……!」

「ブモォォォッ!!!」


 男の懇願を文字通りに薙ぎ払い突き進むは、破壊の権化。

 時間神ジ・カンオ・トメルデスすらも粉砕した、擬人化ならぬ擬獣化した破壊。

 それが一つではなく、二つでもなく、軍勢。群れ成す破壊が進路上に立ちはだかる万物を踏み潰し、刺し貫き、元ある形を微塵の容赦なく滅ぼし尽くす。

 人の、否。世界の理すらも歪めんと直進を貫く魔バッフォローに、最早立ち向かおうとする影も皆無。

 予想された進路に存在する生あるものは等しく離れるか、もしくは破壊されるナニカと運命を共にすべく腰を下ろすかの二択。破滅の蹄を打ち鳴らす軍勢を相手に、抵抗しようと意気込む者は稚児でさえあり得ない。

 なればこそ。

 パン丸の行動は常軌を逸し、無謀の二文字を見る者へ克明に刻み込む。

 バッフォローの群れを止める、しかも三分以内に。

 彼が残した言葉は世を三千と迷った所で宣える言葉ではなく、故に見る者は正気を手放した狂人と口を揃えて吐き捨てた。

 だからこそ彼らは、パン丸とは異なり観客の地位に甘んじる。


「へッ、久々のシャバで随分とはしゃいでんな……」


 バッフォローの神すら屠る突進力とは比べるべくもない軽口を一つ。そしてパン丸の放つ空気が変わる。

 覚悟。

 言葉にすればなんとも陳腐な響きを伴うものであるが、彼は確かに覚悟を決めた。

 万物を踏み潰す鏖殺の蹄が鼓膜を貫かんばかりに地響きを打ち鳴らす。眼前に差し迫る圧は視線だけで陸軍師団を恐怖で震え上がらせる程に。

 しかしてパン丸はまるで慣れ親しんだ友へそうするように、懐から一つの奥の手を取り出した。


「ほら、お前ら好みの、壊し甲斐のあるもんだぜ」


 それは大気の中空を浮遊する赤。

 天へと逃げ出さず、さりとて地へと潜りもしない中頃で滞留するガスであった。


「ッ! ブモォォォ!!!」


 世界を震撼させる咆哮が連なり、辺り一帯の窓ガラスが粉微塵に砕け散る。人の世の終わりという意味では審判を告げる天使のトランペットを彷彿とさせるものの、彼の芸術家が天井へ描いたものと比較すれば物騒に過ぎるか。

 そして暴力的な圧がパン丸を踏み潰して蹂躙する、寸前。


「おぉ……!」


 果たして感嘆の声を漏らしたのは誰であったか。

 全てを破壊して突き進むバッファローの群れは、パン丸の側面に出現したガスへと吸い寄せられ背後の街を綺麗に迂回していった。


「へッ」


 確信こそあれども、流石に鼻先数センチにまで吐息がかかった時には冷や汗の一つも掻くというもの。だが、それでも、パン丸は賭けに勝利した。

 スペイン所有の決戦闘牛士マタドール部隊も誤解している事柄であるが、別に闘牛は赤という色に興奮を示している訳ではない。

 そも全てを破壊して突き進むバッファローの攻撃対象は森羅万象尽く。布切れの一枚程度、持ち主を血の海に沈めてから思う存分踏みつけにすればいいだけの話。だからこそ彼らは衣服を朱に染め上げ、青天井で儲けを重ねる葬儀社に味方するだけの結果を出力した。

 全てを破壊して突き進むバッファローに対して有効なのは、破壊不能な実体なきもの。

 自らの膂力で破壊できていないことを悟ったバッファローは大きく迂回し、再度突進による一撃を試みる。しかし、迂回する途中で大きな障害が立ちはだかる。

 そう、同胞たる全てを破壊して突き進むバッファローである。

 後は最前列と最後列で衝突を繰り返す蟲毒が引き起こされ、あるいは迂回の途中で群れからはぐれた全てを破壊して突き進むバッファローが野生化するかの二択。何れにせうよ、三分以内に対処しなければならない緊急性は失われる。

 即ち、人々の安全は保証されたことを指し示し、。故にパン丸は歪なまでに口角を吊り上げる。


「さて、これで……」


 喉を鳴らして反転すると、パン丸は後ろ足で地面を幾度となく擦る。

 立ち上る砂煙は先程までの軍勢にも些かたりとも劣りはしない。

 一方で観客は心の奥から底冷えする感覚を味わう。何故ならば、パン丸の仕草は突撃する直前の獣を──より具体的にはバッファローを彷彿とさせたのだから。


「思う存分に破壊できるなぁ!!!」


 そうして歓喜の雄叫びを迸らせると、三年前に群れからはぐれた全てを破壊して突き進むバッファローは当時の無念を払拭した。

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