【KAC】全力で罰ゲームしたら、俺の好きな子が酔って甘えてあざと可愛いまさかの甘々展開になった件

空豆 空(そらまめくう)

【KAC】え?バッファローのマネしたら、俺の好きな子が酔って甘えてあざと可愛いまさかの甘々展開になりました。

 俺、杉田貴士すぎたたかし(28)には三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』のモノマネ。


 一体なぜそんな事になったかというと……クジでを引いたから。


 呑めない癖に参加した会社の送別会の二次会。クジはその中の催し物。当たればみんなの前で支持されたモノマネ。ハズレれば缶ビール一年分を持ち帰り。その指示内容が、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』だったのだ。


 いや、缶ビール365本を持ち帰るのも罰ゲームだけど、どっちかというとこっちの方が罰ゲームだろう。クジを引いた瞬間、一気に血の気が引いた。


「えー! 当たりクジ引いたの主任なの!?」


「マジっすか!! 主任、ほらほら、あまり焦らすのも良くないので、ここは後三分で、覚悟決めちゃってくださいね!!」


「しゅ・に・ん! しゅ・に・ん!」


 酔った参加者たちは、大いに盛り上がっている。




 そもそも、酒も呑めない俺が珍しく二次会に来た理由、それは――密かに、本当に密かに、気になっている子がいるから。


 その子は年度始まりに入社したばかりの野々村なつみ。新人研修からこの一年、ずっと教えている俺の部下。


 とはいえ、部下に手を出すわけにはいかない。そんな事は分かっている。だから俺は、ずっと心の中で沸き起こってしまった彼女への気持ちをひた隠しにしているのだ。


 今回二次会に来た理由だって、別にやましい下心があったわけじゃない。ただ、送別会の二次会はいつも羽目を外すやつがいると聞いたから。その中で野々村が嫌な目に遭って欲しくはなかったから。社内でそこそこの立場にいる俺が来れば、抑止欲になるかなと思ったんだ。


 ただ、それだけのつもりで参加した。


 ――なのに。


 なぜだ。なぜ――俺はくじ引きで当たりを引いてしまったんだ。


 当たりって言えば、もっといいことがあるものだろう。

 当たりって言えば、もっと嬉しいことがあるものだろう。


 なのに。なぜ。


 一滴も酒を飲んでいないシラフの状態で……酔っ払った部下たちの目の前で、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』なんていう意味の分からないモノマネをしなければいけないのだ。


 誰だよ、そんなネタ考えたやつ……。減給にしてやろうか。いや、それはさすがに噓だけど。


 あぁ、もうすぐ三分が経ってしまう。そろそろ覚悟を決めないといけないのか。彼女が見ているのに。部下たちが見ているのに。普段、真面目キャラで通している俺なのに。あぁ、どうして――。


 しかし酒が回っていい感じに仕上がっているこの場の空気を、上司の俺がしらけさせるわけにはいかない。

 

「しゅー・にー・んっ! しゅー・にー・んっ!」


 酔った部下たちがさらに囃し立ててくる。


 ――仕方ない。腹をくくれ 杉田貴士オレ。どうせ酒の場だ。明日になればみんな覚えてやいない。


 彼女だって、どうせ俺の永遠の片思い。彼女に引かれずとも、この恋が叶うはずはないのだ。


 ――いけ!! 杉田貴士。ここは精一杯、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』になりきるのだ!!


 ――ひとりで群れってなんだよとか思うけど。そんなのここでは一旦置いておいて。


 ――なりきるのだ!! 杉田貴士。『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』に!!




 俺は天を仰いで目を閉じた。そして――心の中に、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』の魂を宿した。そして、カッと目を見開いた。


 いざ!! 覚醒の時!!!!!!


「たかし、っきまーす! ヒヒヒヒーン!! ドドドドド!! こっちからもドドドドド!! バリンバリンバリン、ドッシ――ン!!!!!!」


 ――“バッファロー” なんて突然言われてもどういうものか分からず、馬みたいになった気もしなくはないが、あまりにもなりきり過ぎた俺は、そのまま勢いよく……小上がりから転げ落ちたのだった……。






「痛、ててててててて……」


「もー主任ったら。あんなに勢いよく小上がりの上で走ったら、危ないじゃないですか。段差が低かったからよかったものの。……他には怪我してないですか?」


 小上がりから転げ落ちて怪我をした俺は、別室を借りて手当てを受けた。

 その手当のために付き添ってくれたのが、まさかの俺の好きな子、野々村だった。


 野々村の着ている服が白いこともあって、まさにその姿は白衣の天使。


 マジ天使。マジエンジェル。マジ女神……。などと思っているのは俺の心の中だけでとどめておかなくては。




「――あぁ、すまん、野々村。せっかくの飲み会なのに、手当のために抜けさせてしまって。申し訳ないことをしてしまった」


「なーに言ってるんですか。この一年、主任にはいろいろお世話になっているんです。これくらいなんてことないですよ? それより、他に怪我したりしないですか? 主任はすぐやせ我慢しちゃうところあるから、ちょっと心配になっちゃう」


 恥ずかしい失態を見せてしまったところなのに、ひたすらに俺を気遣ってくれる野々村。


 はぁ。マジ天使。マジエンジェル。マジ女神……。おっと、俺の脳内、正気に戻れ。


「あぁ、ありがとう。大丈夫だ。俺はいいから、野々村、戻っていいぞ? せっかくの二次会、俺のことは気にせず楽しんできてくれ」


 本当はもう少し傍にいて欲しいけど。なんてことを思っているなんて、悟られたくなくて。俺は平静を装った。


「ふふふ。ホント主任は真面目なんだから……。そんな主任のあんな姿見られるなんて、お酒も呑めないのに二次会来た甲斐がありました」


 野々村は少し微笑みながらそう言った。


「え? 野々村も酒呑めないのに二次会来たのか? それはまた律儀な……。無理して参加しなくてはならないという事はないんだぞ?」


「……はい。それは分かってたんですけど……。少しだけ、不純な動機で来たんです」


「不純?」


 こんな天使のような野々村が、不純だなんて言葉を使うのが俺には不思議で仕方がなかった。野々村は、なぜ二次会に来たのだろう……。


「……真面目な主任には怒られちゃうかなー。私、好きな人がいて。その人と……少しでも一緒に居たかったんです。まぁ、私の……永遠の片思い、なんですけどね」


 そう言うと、野々村は『へへ』っと照れ笑いをして見せた。


「そうか……。まぁ、人が人を好きになるのは、誰にも止められるものでもないからなー」


 ――そう。俺みたいに。


 でも、野々村も――社内に好きな人がいたのか。俺の、永遠の片思いが確定か。まぁ、独身でイケメンの社員が多いうちの会社なら、それも自然なことなのかもしれない。はぁ、酒でも呑んで忘れられたらいいのに。呑めない自分の体質を、少し恨めしく思う。


「あれ? 主任はてっきり、職場で恋心にうつつを抜かすとは、けしからーんとか言うかと思ってました」


 野々村は笑いながら、少し冗談ぽくそんな事を言う。


「まさか。恋心にうつつを抜かして仕事が疎かになるならともかく、野々村が普段仕事を頑張っているのは、俺が一番知っているからな。むしろ密かに応援しておくよ」


 ――俺の失恋が確定した今、好きな人の幸せを望むのが男というものだろう。


「応援かぁ……。たぶんその人、私がその人の事好きなの、気付いてないんですよね。どうやったら気付いてもらえるんでしょう……」


 ――おっと、ここで俺に恋愛相談か。……少し、辛いんだけど? とはいえ好きな人の幸せを望むのが男と……って、これ、さっきも思ったか。


「そうだなぁ……。さりげなく何かで二人になれるように誘ってみるとか……。後は当たって砕けろの精神……とか?」


 まぁ、美人で気立てのいい野々村なら、好意さえ示せば、いずれ自然と相手の男も野々村の良さに気付いて両想いになるだろう。少しそんな風にも思った。


「……そうですね。じゃあ……主任? もう少し休んで、主任の身体が大丈夫そうなら……この後、別のお店に二人でご飯食べに行きませんか? 飲み会の雰囲気に飲まれて主任もあまりご飯、食べてないでしょ?」


 え? まさかこの流れで野々村に誘われるとは。普通の男だったら勘違いするところだぞ? ま、俺は俺がモテないことを自覚しているから、そんな事はないのだけど。


「なんだ。野々村も食べれてなかったのか。――じゃあ、近くの創作料理の店にでも行くか? あそこなら料理もうまいし、ノンアルのカクテルとかもあるから、野々村もたぶん楽しめるんじゃないかな」


「ぜひ」


 なぜだろう。俺は転げ落ちた拍子に、頭もぶつけていたのだろうか。野々村が少し、嬉しそうに笑っているように見えた。




 ◇


 野々村と二人で二次会を抜け出して、創作料理の店についた。そして店員に案内された席に座る。時間が遅かったのでカウンター席しか空いておらず、意図せず隣同士になった。野々村と距離が近くて、少しだけ心拍数があがる。


 そんな気持ちを晴らしたくて、俺は味もそっけもなくウーロン茶を選択したのだが、女性が好きそうなノンアルコールのカクテルもたくさんあるから、野々村は少し悩んでいる様子だった。


「なんでもいいぞー。今日は付き添ってもらってしまったからな、俺のおごりだ!」


 注文しやすいようにと、明るく言ってみた俺の言葉に野々村は――。


「……本当に、何でもいいですか?」


 少し伺うように聞いてきた。


 ――まさか、ここへ来て高級なものを注文したくなったのだろうか。野々村にしては意外に感じる。しかし、男に二言はない!!


「ん? いいぞ? なんでも好きなものを頼め」


「じゃあ……少しだけ、お酒……呑んでもいいですか? ……ちょっとだけ、勢いをつけたくて」


 そういう野々村は、まだ呑んでもいないはずなのに頬が赤いように感じた。けれどそれは店内の照明のせいかなとも思った。


「ん? まぁ、いいぞ。俺、車で来てるし、いざとなったら送ってやる」


「……へへ。ありがとうございます。じゃあ……これを……」


 そうして野々村が指さしたカクテルは――アプリコットフィズ。


 けれど、俺の気のせいだろうか。指さしている先が、カクテル名の隣に書かれている、カクテル言葉『振り向いてください』を指さしているように見えたのは。



「え? あ……、オーケー。じゃあ、店員さん呼ぼうか」


「はい」



 少し勘違いしそうになった心を整えて、俺は店員にドリンクと料理を注文した。


 そして他愛のない会話をしながら野々村とゆっくり食事を楽しんだ。――のだけど。


 心なしか、……野々村の顔が赤い。少し目がとろんとしていて、頬が火照っているように見える。たぶん、酒に弱いから二次会まで吞んでいなかったのだろう。


「野々村? ……少し、酔っちゃった? 大丈夫か? ……冷たい水……頼もうか」


 そう声を掛けたのだけど。


「んーん。大丈夫です、主任。……ちょっとだけ……酔っちゃっただけなので。でも……酔った勢いで、私もモノマネ、してもいいですか?」


「え?」


 まさかの言葉を発した野々村に、腕を軽く掴まれた。そして――


「全てを破壊しながら突き進む、バッファローの群れ!」


 少し酔って舌足らずになった可愛い声で、そう言いながら野々村は――俺の左肩にパフッと頭突きした。


 その姿はまるで、酔った女の子が好きな人の肩に寄りかかる時のようで。


「え?」

 

 さらに心拍数の上がる心臓を抑えながら野々村を見てみれば。


「……ちょっと、当たって砕けるの、早すぎました、か?」


 俺の肩に頬を寄せたまま、赤らめた顔でこちらを見つめていて。


「あ……えっと、……男は……こういうことされると……勘違いしてしまうもの、なんだ、が……」


 たどたどしく聞いてみれば。


「えっと……私、失恋……してしまいましたか?」


 野々村が不安そうにそんな事を言ってきたから。つい、勢いで言ってしまった。


「まさか! ……俺の方が……永遠の片思いをしてると、思ってた」


 すると野々村は嬉しそうな顔をした後、今度は少しいたづらっ子みたいな顔をして。


「ねー主任? もっかい……見たいな。『全てを破壊しながら突き進む、バッファローの群れ』のモノマネ……」


 そんな事を言ったから。俺はまた、意を決した。


 え、この流れ……俺の勘違い……なんかじゃ、ないよな? いけ、勢いのままにっ!



「全てを破壊しながら、突き進む……バッファローの、群れっ」



 そう言って、俺も俺の肩に頬を寄せる野々村の頭に、パフッと軽く、俺の頭を乗せた。



 ――なに、これ。はたから見たらたぶん、これは……。


 恋人の肩に頬を寄せた彼女の頭に、自分も頬を寄せる彼氏の図。



 呑んでないのに……心臓がバクバクとしてきて……俺の顔が――熱い。



 けれど、野々村が嬉しそうに微笑んだから。俺もしばらくそのままでいた。すると――。




「ねぇ、主任? ……酔ったら車で送ってくれるって……言いました、よね? あれ? 違ったっけ」


 少し恥ずかしそうに野々村が話掛けて来た。


「え……あぁ、言った……けど」


 たどたどしく答える俺。


「……もう少しだけ……主任と、一緒に居たいな。……だめですか?」


 そして上目遣いで聞いてくる野々村。その顔が普段と違って急に色っぽくてドキリとする。


「……いや、だめなんかじゃ……ない」


「やった。……嬉しい」


 少し酔った野々村の言葉に、一滴も酒を飲んでいないシラフの俺は、上がり過ぎる心拍数を堪えながら小声で答えた。


「…………俺も」




 そして次の日。いつも通りの顔して出勤した野々村に『主任』と呼ばれる真面目な俺が――


 休憩時間、スマホの中では『たーくん』と呼ばれて、にやついているなんてこと、社内で知っている人間は、――きっと、俺と彼女だけなんだろうな。







【KAC】え?バッファローのマネしたら、俺の好きな子が酔って甘えてあざと可愛いまさかの甘々展開になりました。―完―



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