第72話 課題に挑む

 その後、私はクラッセル子爵の指導を受けた。

 以前、弾いたことのある『小鳥のラプソディ』も、容赦がない。

 前は優しい口調で指摘していたけど、今は少し強い口調で音の出し方、演奏する際の姿勢まで細かく注意される。

 私の指導を眺めていたマリアンヌとグレンは、早々に演奏室から追い出されてしまった。

 

「今日はここまで」

「ご指導、ありがとうございました」


 私はクラッセル子爵に頭を下げる。


「僕はこれから生徒の指導に出かけるから。明日は朝食を食べてすぐでいいかな」

「分かりました。それまでに復習しておきます」

「今週は『小鳥のラプソディ』。来週から『情熱』の練習を始める。グレン君にもそう伝えて」

「はい」


 明日の練習の予定を付け、私は自身のヴァイオリンをケースにしまった。

 クラッセル子爵は上着を羽織り、傍に置いてあった鞄を持って演奏室を出た。

 

「ロザリー、終わったのね!!」

「おつかれさん」


 クラッセル子爵が演奏室から出てすぐ、マリアンヌとグレンが入ってきた。

 二人とも、私の指導が終わるまで部屋の外で待っていたらしい。


「二人とも待っていてくれてありがとう」

「それで、ロザリーはこれからどうするんだ?」

「休憩をとったら、またヴァイオリンの練習をするわ」


 私の二人に練習予定を伝える。

 今週は一人で練習し、来週からグレンの伴奏に合わせて練習する。

 グレンはそれを聞くと「俺の出番は来週からだな!」と張り切っていたが、対するマリアンヌは気分が沈んでいるようだった。


「あの、お姉さま……、一緒に合奏が出来なくて申し訳ございません」

「いいのよ。これは試験のための演奏なんだもの。その代わり、合格したらいっぱい合奏しましょう」

「はい。お約束します」


 私とマリアンヌは共に約束を交わした。


「これからグレンが庭園で”魔法”を見せてくれるんですって! ロザリーも一緒にどう?」

「あっ、その……、ごめんなさい」


 マリアンヌに誘われるのは嬉しいし、グレンの魔法も見たい。

 この間、庭園の花を髪飾りに変える魔法を見せてくれたばかり。きっと、私たちを驚かせる魔法が他にもあるはず。

 一緒にそれを見たいけれど、私はマリアンヌの誘いを断った。


「えっ」


 私の答えが予想外だったのだろう。マリアンヌが絶句する。


「ルイスとトキゴウ村の孤児院に手紙を書こうと思っていたので」

「そう……」

「仕方ねえよ。ロザリーは編入試験なんだから。行こうぜ、マリアンヌ」

「そうね。仕方ないわよね」


 休憩の間、手紙を書こうと考えていた。

 それをマリアンヌに伝えると、彼女は何か言いたげな表情をうかべていた。

 口にする前に、グレンが間に入り彼女を庭園へ引っ張っていった。


「ありがとう。グレン」


 私は独り言を呟き、二階の自室へ上る。

 部屋に入り、机の引き出しから便箋とペンを取り出し、私は二通手紙を書いた。



「ふう……」


 二通の手紙を書き終え、ロウで封をしたところで私は息をついた。


「お義父さまから教わったところを復習しないと」


 私へ部屋を出て、演奏室へ戻る。

 その間にメイドに二通の手紙を郵送するようにお願いした。

 演奏室に入り、私はヴァイオリンを構えた。

 指慣らしの曲を二、三曲弾弾く。衰えを感じてるのは、旋律がつっかえてしまうところにある。これは毎日繰り返し弾いて指を慣らすしかない。

 それを終えてから、課題曲を弾く。

 クラッセル子爵の指導のおかげか、腕がなまっていてもそれなりに弾けている。

 明日の指導までに、今日指摘しされた場所は直さないと。

 

(お姉さまたち、今頃どうしているかな……)


 自主練習に区切りがつき、庭園で遊んでいるだろうマリアンヌとグレンに想いを馳せる。

 庭園に行って様子を見ようかと思うも、誘いを断ったのは私だと気持ちを抑える。


「もう少し、復習をしよう」


 私は更に練習することにした。

 一度ケースにしまったヴァイオリンを手に取り、課題曲を弾く。


 

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