第3章 グレンは支える
第69話 五年越しの仲直り
お昼時の食事。
私は頼んだ料理を食べ、お茶を飲みながらマリアンヌとルイスがどのように出会い、関わったのかという話を聞いていた。
勉強が大の苦手なマリアンヌが、私を進級させるために熱心に勉強に取り組んでいたこと、それをルイスがサポートしていたことに驚いた。
「お姉さまも、私の学校で勉学に励んでいらしたのですね」
「ロザリーの学校のクラスメイトは皆、優しい人たちばかりだったわ」
「はい。平民も混ざっている学校なので、子爵貴族である私は……、自分で言うのもなんですが高嶺の花のような存在、です」
「うわ、お前自分で高嶺の花とか言うの? 自意識過剰なんじゃねえ?」
「うるさいわね!! ルイスは黙っててちょうだい」
あの学校で私の存在を一言で表すと”高嶺の花”。
子爵貴族である私は、常に注目されていた。
その視線が圧力となり、私は”皆の理想”でいなければと思っていた。
その結果、一学期の時点で、私は”クラッセルさん”と遠巻きに呼ばれる存在になっていた。
「そうねえ。”憧れの貴族令嬢”みたいな目であなたを見ていたわ。特に男子生徒は下級生、同級生、上級生問わず、あなたの事を噂していたわよ」
「っ!?」
「私と入れ替わって、親しみやすくなったせいなのか、男子生徒に毎日のように交際を申し込まれたわ」
「そ、そうなのですか!?」
マリアンヌは当時の事を思い出し、ふう、と息をついた。
入れ替わりをしただけで、男子生徒が毎日告白してくるほどモテるとは。
私は、マリアンヌの発言に驚いた。
ルイスは、テーブルの角に組んでいた足をぶつけ、上に置いてある食器をガタッと大きく揺らした。紅茶の入っていたポットは倒れず、カップの中に入った紅茶がその衝撃で激しく揺れる。
「ルイス、暴れないでよ」
「あ、すまん。その、つい……」
あと少しで大惨事になるところだった。
私が叱ると、ルイスは素直に謝った。
「ルイスはロザリーが他の人に言い寄られて気が気でないのよ」
「え? それとルイスが暴れることにどう関係があるのですか?」
「ふふっ、ロザリーは自分の魅力に気づいていないのね」
「あの、それはどういう――」
マリアンヌは笑顔でルイスの心情を告げた。
だけど、私のことでどうして彼が動揺するのだろうか。
地味で真面目で男の影など全くないと思われていた私が、男子生徒に言い寄られる姿を想像して滑稽だと感じたからだろうか。どっちにしろ、ルイスには関係ない話だ。
「私はあなたに変装して、ただ明るく振舞っただけ」
「……お姉さまは、姿が変わったとしても素敵な性格がにじみ出てしまうのだと思います」
「はあ、いつまでそのやり取り続けるんだ」
私とマリアンヌの会話にルイスが割り込んできた。
「俺は、お前が学園でモテた話を聞いてびっくりしただけだよ。まあ、いつもムスっとしてるお前とニコニコしてるマリアンヌ、どちらかが言い寄られるかっていったら、当然マリアンヌだよな」
「そう、そうよ。私はそれが言いたかったの」
釈然としないが、ルイスの意見は的を得ている。
足をテーブルに強くぶつけたのは、やはり、学園での私の立場に驚いただけのようだ。
マリアンヌは口元を緩め、彼に微笑みを向けた。
「当人が自覚していなくても、気づいている人はいるから大丈夫そうね」
「え?」
「いいえ、私の独り言よ」
マリアンヌがぼそっと何か呟いたようだが、私には聞こえなかった。
「ルイス、その……」
私がいない間、ルイスはマリアンヌの勉強をみてくれた。
そのおかげで進級することができたのなら、たとえ、母の形見をめちゃくちゃにされた嫌な相手でも伝えるべきだろう。
「お姉さまを助けてくれて、ありがとう」
「……」
「で、でもね! 私はあなたを許したわけではないの!!」
「お前の母ちゃんの大事なもの、火のついた暖炉に入れちまったからな」
マリアンヌを助けたとはいえ、過去は変えられない。
今も母の形見の本は、私の部屋にある。
机の上に飾っており、いつでも見られるようになっている。
だけど、五年前、ルイスに奪われていなかったら、大切にしまっていたらと今でも後悔していた。
「ロザリー、五年前は俺がガキだった。大事な本を壊してしまったこと、謝罪する」
「……」
ルイスは席を立ち、床に膝をつき、私に頭を下げた。
昔のルイスは、先生に促されて仕方なく謝ったが、今のルイスには誠意が込められている。
私は彼を見下ろす。
「……分かった」
私の気持ちがモヤモヤしていたのは、形見の本を壊されたこともあるが、当時のルイスの謝罪の仕方に納得がいかなかったからだ。
そして五年後、ルイスは私の前に現れ、再び謝罪をした。
本当に反省していなければ、私の前に現れることすらしなかっただろう。
私はきつく目を閉じ、彼の気持ちを汲むことにした。
「昔のことは、水に流してあげる」
「ありがとう」
「ほら、立って。いつまでも跪かれたら、お店の人に勘違いされちゃうじゃない」
「俺は別に――」
「何か言った?」
「いや、なんでも」
私はルイスに手を差し伸べた。
周りの飲食客がこちらを見てひそひそと噂話をしていることに気づいたからだ。
注目されることが恥ずかしいとルイスに告げると、彼はぼそっと何かを呟いた。
どうせ、ルイスの事だから嫌味なんだろうけど。
それを指摘すると、ルイスは私の手を取り、ひょいと立ち上がった。
(あっ)
五年前は私の背より少し高いくらいだった。
けれど、今の私はルイスの胸くらい。
五年で彼は大きく成長した気がする。身体も、心も。
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