第22話 最初の試練

 マリアンヌに扮して、一週間。

 私は、ロッカーに物を置かない生活を続けていた。

 今は、音楽科の授業で、先生に与えられた譜面への理解と練習をしている。

 チャールズとの一件があって以降、リリアンは表立った挑発をしなくなった。

 私がわざとらしい対応をしたのと、チャールズがクラスメイトの前でリリアンに冷遇したこともあって、リリアンに対する評価はがた落ちだった。


(私の虐めは落ち着いたけど……)


 けれども、一部の女子はリリアンをかばう。

 婚約者との関係が最悪でも、リリアンはタッカード公爵家の娘。

 ヴァイオリンの演奏技術で成り立っているクラッセル子爵家だって、タッカード公爵の一声で危機に陥る。だから、私から仕掛けることもなく、現状を維持することが最適だ。


(来たばかりの頃よりはまだまし。リリアンのことよりも今はーー)


 リリアンばかりに注視してはいられない。

 実技試験が一週間前に迫っているからだ。

 音楽科の一年生は年四回の実技試験を全て合格しないと二年生に上がれない。一度不合格になれば、トルメン大学校の音楽科にいられなくなる。普通科に転科か、別の音楽科に編入するしかない。


(試験に集中しなきゃ!)


 マリアンヌの成績は一回目は一位、二回目は二十位と不合格ギリギリだった。

 楽器に触れる時間は限られており、二時間の授業のうち、四十分と定められている。

 放課後、自主練習をすることも可能だが、楽器の優先権は前回の実技試験の上位にあり、最下位の私には回ってこない。

 三回目の実技試験で合格できるのはたった十人。

 人生を変えるであろう、実技試験の課題曲が今日、発表になる。


「課題曲を発表する!」


 演奏の授業を終えた後、先生が実技試験の課題曲について触れた。

 音楽科の皆に緊張が走る。

 

「名を呼ばれた者、前へ来なさい」


 課題曲は一人一人違うらしい。

 順位を競うのなら、同じ曲で比較したほうがいいのに。

 でも、音楽科はピアノとヴァイオリン奏者が混同しているから、すべて同じ課題曲にすることが難しい。私が想定するコンクールとは違う判断材料があるのかもしれない。


「マリアンヌ・クラッセル」

「はい」


 私の番だ。

 私は先生の元へ向かい、課題曲が書かれた二つ折りカードを受け取った。

 課題曲はなんだろう。


「あっ」


 席へ戻る途中、私は何かに躓いて転んだ。

 見ようと思っていたカードも手放してしまうくらい、最大に。

 立ち上がると、リリアンたちがクスクスと笑っている。足を引っかけられたかな。

 油断した。意識がカードに向いてたから、避けられなかった。


「拾ってあげたわよ」

「……ありがとう」


 私はリリアンからカードを受け取った。

 制服の皺を整え、私は席へ戻った。そして、課題曲が書かれた二つ折りのカードを開く。


「”私のお気に入り”」


 課題曲を小さな声で呟いた。

 ”私のお気に入り”という曲は、初代メヘロディ国王が作曲したものだ。

 無口な彼が好きな女性に自身のことを伝えるために造ったとされる。

 この曲はリズムがコロコロ変わるため、奏者の性格がはっきりするとよく言われる。

 私であれば、譜面に書かれた指示の通りに弾くため、好きなものを一方的に列挙しているイメージ。マリアンヌであれば、好きなものを相手に伝えるイメージを持たれるだろう。

 無口だった初代メヘロディ国王をイメージするなら私の弾き方だろうし、好きな女性のためを思って弾くのであればマリアンヌのような弾き方をする。


(試験に合格するにはどちらの弾き方がいいんだろう)


 問題はどう弾けば十位以内に入れるかだ。

 この曲は弾いたこともあるし、マリアンヌの旋律も聴いたことがあるから二通りの演奏はできる。一週間あれば仕上がる難易度だ。

 私はいつもの調子で弾くべきか、マリアンヌの弾き方を真似るべきかで悩んだ。

 正確性か表現性か。

 トルメン大学校の音楽科で評価されるのはどちらなのか。


(上位の奏者の傾向はーー)


 現在の上位は、グレンという少年とリリアンだ。

 リリアンはヴァイオリン奏者だから除外するとして、私が参考にするピアノ奏者はグレンだ。

 グレンは常に一人でいる、すかした性格の少年だ。虐められているわけではないので、一人でいることが好きなタイプなのだろう。

 グレンは譜面に書かれたことをきっちり守るスタイルだ。

 一定の間隔で音を刻む拍節器はくせつきのように、リズムが乱れない。教本のような弾き方をする。普通ならば”感情がこもってない”など指摘されそうなものだが、グレンは作曲家の意図も正確に表現できる高い演奏技術で補う。マリアンヌとは真逆のタイプだ。


(今回は私の弾き方で試験に挑もう)


 方針を決めた私は、限られた練習時間で課題曲に挑む。

 だけど、試験日当日、最大の危機を迎えるなんてこの時はちっとも思っていなかった。

 

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