第8話 再び栄華の日々へ


 国王陛下の信頼を得たわたくしは、瞬く間に名誉と権力を取り戻した。

 もちろん、まず手始めにしたのは裁判のやり直し。

 わたくしを欺いた侍女はリアナから報酬を得て田舎でのんびり暮らしていたが、それを捕まえて裁判で本当のことを白状させた。

「もっ、申し訳ございませんでした……実は、うちの母が病気だったのです! 聖女様は、母を治療してあげるから、と唆してきて……」

「人聞き悪いこと言わないでちょうだい! あなたのことなんて知らないわ!」

 仲間割れをする聖女と侍女に、裁判長はため息を漏らす。

 しかし、今のわたくしには国王から得た報奨金があり、情報ギルドに依頼をする経済的な余裕があった。

 侍女のほかに聖女に不利な証言をする者を、わたくしは用意していた――王都の外れに住む魔女である。

 証拠で残っていた毒入りの瓶を調べさせたところ、とある水晶細工の工房で作ったものだと判明した。そこから容器を卸した先を調べると、秘密裏に毒薬を作る魔女が浮かび上がったのだ。

「あたしに毒の調合を頼んできた人物は、このお嬢さんだねぇ。見間違えることなんてないよ」

 魔女はしゃがれ声でそう言いながら、リアナのほうを真っ直ぐに指さした。

「し、知らないわよ……!」

「しらばっくれるのは、もうおよしよ。あんた、とっくの昔に聖女様なんかじゃないんだからね……聖女様っていうのは、神から受けた恩恵を民に与える存在さ。けっして奪う存在じゃないんだよ」

 ――かくして、複数の証言が出揃ったため、リアナ・レビオットは有罪となった。

 国家反逆罪に虚偽告訴罪、強要罪……三つの罪に問われた彼女は、今回ばかりは教皇庁の力も及ばず、その場で処刑を言い渡された。

 床に崩れ落ちるリアナの姿を見下ろしてから、わたくしは法廷を後にした。

 

 

 爵位を得てマグリット女伯爵と呼ばれるようになったわたくしは、社交界の華に舞い戻った。

 カーライル殿下との婚約は、いまのところ保留にしている。

 なぜなら、それでなくても色々な殿方からのデートのお誘いが絶えないからだ。

 社交の場にはなるべく顔を出すが、前ほど楽しいとは思えないのは、罪人として過ごした時間のせい。

 貴族が夜を明かして贅沢な時間を過ごす一方で、貧しい民は病気になっても医者にかかることもできずに、なすすべなく命を失っていく。

 干ばつの被害は食い止めたが、それだけでいいのか……。

 もっと、わたくしにできる何かがあるのでは?

 そんな疑問が胸を過ぎるたび、わたくしはラミエル様を思い出した。

 雨乞いの儀式を最後に、彼とは顔を合わせていない。

 北部の屋敷に手紙を送ってみたが、引っ越した後なのだろう……誰もそこには住んでいない、という配達人からのメモが戻ってきた。

(ラミエル様……どこへ行ってしまったの?)

 あの甘い夢が、現実だったのか否か……それさえも、もう確認することはできないの?

 眠る前に、枕元に残された光り輝く羽を眺めるのがわたくしの日課になった。

 切なさを噛みしめながら、彼が残したものに願った。

 夢の中だけでもいいからもう一度会いたい、と……。



 鬱々とした気分を晴らそうと、久しぶりに晩餐会に出席した。

 パートナーの申し出は多々あれど、国王陛下がどうしてもとおっしゃるのでカーライル殿下にエスコートをお願いすることにした。

「うれしいよ、アリシア。君の無実をずっと信じていたんだ……しかし、君が本当の聖女だったとはね!」

 円舞曲を踊っている最中に、殿下はそう耳打ちしてきた。

 ここまで体を密着させて踊る必要がどこにあるのかしら?

 以前と打って変わって彼が優しくなったのは、わたくしが教皇庁の後援を得たから。

 殿下が愛しているのは、自分の権威を裏づける聖女という肩書きだけ。

 浮かない表情をしながらターンをした途端、わたくしは誰かの視線を感じた。

 思わず振り返ると、そこには会いたかった人の姿があった……ラミエル様の姿が。



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