「三分以内にキスをしなければ出られない空間」に疎遠になっていた幼馴染と入ってしまったらしい。助けて。
橘奏多
三分以内にキスをしなければ出られない空間
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。
目の前にはこちらを向いて立っている女子。
頭上に浮かぶ、意味不明な文字の羅列。そして、カウントダウンが始まったタイマー。
題『三分以内にキスをしろ』
目の前に立っている者と三分以内にキスをせよ。
もしできなければ、この空間からは出られない。
「いや無理でしょ!?!?」
周りを見回すと、ずっと遠くまで何もない真っ白な空間が広がっている。
夢なのだろうかと疑いたくなってしまうほどだ。
しかし、これは夢ではない。紛れもなく現実。
「なんなのよこれ……」
目の前に立っている女子(三分以内にキスをしなければならない相手)は俺と同様、現実を受け止めきれていないらしい。
当然だ。気がついたらこんな場所にいて、意味のわからないことをやらされようとしている。
誰だって混乱するに違いない。
残り二分五十秒。
「……
「た、
目の前に立っている女子。もとい三分以内にキスをしなければならない相手。
それは今では疎遠となってしまった幼馴染だ。
顔を合わせても話すことはなく、今のような状況に陥らなければ今後も話すことすらなかっただろう。
「これ、どういう状況なの? 夢?」
「俺にも分からない。夢だと思いたいけど」
「だよね……」
話すことがなくなり、沈黙が流れてしまう。
かれこれ一年は話していないため、すごく気まずい。
残り二分三十秒。
「中三以来だよな。話すのは」
「そうだね……」
「まさか一緒の高校になるとは思わなかったよ。嫌われたと思ってたから」
「そんなこと……私はただ……」
「ただ?」
「……ううん、なんでもない」
「? そっか」
なぜか俯いてしまった咲良の顔を横目に、どうしたものかと頭を搔く。
「なぁ、キスしなきゃ出られないらしいけど……どうする?」
「どうするって……そんなこと急に言われても……」
「だよな。現実じゃないって可能性もあるし、あんな意味不明なことに従う必要ないだろ」
「……」
残り二分。
どうやって時間を潰そうか考え始めたところで、咲良がこちらに近づいてくる。
「ちょっと屈んでよ」
「……は?」
「は? じゃない! キスするからちょっと屈んでって言ってるの! 今のままじゃ届かないでしょ!」
「は!?」
訳が分からず動揺していると、不機嫌そうな顔をされながら強引に屈ませられる。
そして間髪入れずに右頬にキスされた。
「な、何すんだよ!?」
「仕方ないでしょ。もしこれが現実で、本当に出れなくなったらどうすんのよ」
キスされた場所に手を当てながら咲良を見る。
咲良はキスをしたのがかなり恥ずかしかったらしく、頬を赤く染めながらあさっての方向を見ていた。
この空間を出るための条件として課せられたお題は無事にクリアしたはずだ。
しかしカウントダウンは止まらず、周りを見回しても変わった様子はない。
残り一分三十秒。
「なんで……」
どうしてキスをしたのに出られないのか。
二人で目を合わせながら混乱していると、頭上に浮かんでいた文字の羅列が変形し追記され始めた。
題『三分以内にキスをしろ』
目の前に立っている者と三分以内にキスをせよ。
もしできなければ、この部屋からは出られない。
ただし、唇以外にキスをした場合は無効とする。
どうやら頬にキスをしたとしても、それは認められないらしい。
しっかりと唇を重ね合わせなければ、この部屋からは出られないようだ。
「まじかよ……」
「そんな……」
先程は咲良が勇気を振り絞り、頬にキスをしてくれた。
二年前に突然疎遠になってしまってから、ずっと嫌われていると思っていた。
そんな俺に、キスをしてくれた。
次は俺が勇気を振り絞る番だ。
残り一分。
「咲良」
「……なに?」
「お前は俺のことが嫌いなのかもしれない。だけど俺は小さい頃からずっと。ずっと好きだった」
「……っ」
「気持ち悪いって思うかもしれない。今後はいつも通り関わってくれなくてもいい。だけど、俺の気持ちだけは知っといてほしい」
正直、この空間に閉じ込められ、無理難題を課せられてからずっと思っていた。
これは神様がくれたラストチャンスなのだと。
だから俺は――。
「わ、私も――」
「……え?」
「私も、好き……です」
「……え!?」
え、嘘だろ!? からかわれてるのか!?
頬だけでなく、耳まで真っ赤にしている咲良。
「じゃ、じゃあなんで急に俺のこと無視するようになったんだよ!?」
俺たちが疎遠になった原因は、咲良が俺のことを無視するようになったからだ。
好きなのに無視。意味がわからない。
「それは、その……好きだって自覚してからどう接すればいいのか分からなくなって」
「えぇ……」
「今まで無視して、本当にごめんない。私がしたことは許されることじゃないと思う……本当に……ごめんなさい」
正直、咲良の言っていることが本当ならば、怒っていい状況だろう。
大抵の人間は、ふとしたことで恋愛感情が冷めてしまうらしい。
だが俺は冷めるどころか、咲良も自分のことが好きだったという事実を知ってより好きになってしまった。
今まで無視をされていた? 関係ない。どうでもいい。
小さい頃からずっと好きだった女の子と両思いだったことだけが重要なのだ。
「いいよ。許す」
「……え?」
「今までのことなんて忘れた。俺は今の咲良が好きだからな」
「た、拓也……!」
残り十秒。
俺は咲良の顔に自分の顔を少しずつ近づけていき、やがて唇を重ねた。
直後、眩しい光に一帯が包まれ、俺たちは『三分以内にキスをしなければ出られない空間』から抜け出したのだった。
「三分以内にキスをしなければ出られない空間」に疎遠になっていた幼馴染と入ってしまったらしい。助けて。 橘奏多 @kanata151015
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