第81話 導く者

 〜シィーリア〜


 一度自室に戻り、仕事用デスクに着く。疲れた……。リレイラならば何も言わんと分かっておったが、ヨロイやアイルがあの子ミナセを受け入れてくれるかは賭けじゃった。


 人間の社会規範に慣れた者ならば、あの子の過去の行いは決して許さなかっただろう。ダンジョンの出現で法秩序が欠損した今となっても……じゃ。それをも超える情を、あの子に抱いてくれたことには感謝しかない。


 ミナセは良い人間に恵まれた。ジークもそうじゃ。ミナセのことを知り、共に背負おうとしてくれておる。


 ……。


 ジークがミナセを連れて来た日、妾はあの子を見て愕然とした。


 神田明神のモンスター流出事件。アレは派遣した探索者によって僅かな犠牲者で終息したと報告に上がっていた。ジークもその被害に遭ったうちの1人。そしてミナセもまた、その「僅かな」関係者の1人。あの事件に歯車を狂わされた者が2人も妾の元に集うとは……。


 あの事件は魔族側に責任がある。軍が独断で転移魔法を発動したのだ。


 ……妾達本来の世界で村々へ被害を与えたモンスターを転移させるために。なんたる身勝手、何と愚かなことを。例え元の世界の民を救うためだとしても、この世界の者達も既に妾達の庇護ひごする民なのだ。


 妾達はこの世界を支配下に置いた。人の上位の存在としてだ。ならば従う者は庇護し、見守り、自由を認めねばならん。人を人として扱い、その運命は見届けねばならん。それを己の世界の利のみを優先するとは……本当に嘆かわしい。


 あまつさえ、同族である管理局にも秘匿ひとくしおって。妾の間者かんじゃがおらねば、知る由も無かった。


 ジークは、あの事件の影響で強迫観念とも言える使命感に囚われておる。アレはあの子を死ぬまで苦しめるじゃろう。


 そして……ミナセ。


 ミナセに出会った時、あの子は歪み切っておった。利用され、人を傷付け、仲間に捨てられた挙句死にかけた。その経験が他者へ暴力を振るう事への歯止めを失わせた。


 ……あの子達は最後まで妾が見届けねばならぬ。それが魔族として、王の血縁として生まれた妾の役目なのだから。



「部長」



 声に振り返ると、リレイラが立っていた。彼女が戸惑ったような顔で口を開く。


「部長の指示通り管理局に確認しました。ジーク君達のマンションですが……何者かに襲撃された後があったようです」


「やはりか」


「あの……先ほどミナセ君が言っていたユイという探索者でしょうか?」


「いや、恐らく亜沙山あさやま一家じゃろう」


「あ、亜沙山……!? なぜこんなことを!?」


 驚くリレイラ。彼女は瑠璃愛るりあ達と接しておる。こんなことをするとは思わぬだろう。妾もそうじゃ。だが、妾は瑠璃愛の行動理念を知っておる。必死になってあの地を取り戻したことも。あの娘がここまでやるということは……ユイの奴め、ブロードウェイで何かをしでかしおったな。


 最初から疑問に思うべきだった。なぜユイが顔をさらけ出すような真似をしたのか。ユイが顔をさらせば、ミナセを中野に誘い出せる。そう考えたのじゃろう。


「ユイは亜沙山一家に対し攻撃を仕掛け、ミナセにその罪をなすり付けた。こう考えるのが自然じゃな」


 ミナセは既に顔が割れておる。双子のユイの顔を見た者は、ミナセの仕業と思い込む。SNSの目撃情報も全て。しかもその地に本人もいた・・・・・となれば……ミナセ自身も目撃されただろう。もはや言い逃れはできん。亜沙山一家はユイの存在を知らないのだから。


 だがヨロイ達の前に現れたのだけは分からぬ。さらにミナセに警告を残したと言う。なぜそのような回りくどいことを。ミナセを始末するのが目的ならば、中野に誘い出した時に殺せば良かった。しかしそうはしなかった。なぜじゃ?


 自分の脳をフル回転させる。ミナセを殺さなかった? 生かす必要があった? なぜ?


 頭の中でミナセが関わりある者達を並べていく。


 パーティを組んだ者達ジーク、ヨロイ、アイル。ユイは未だ九条商会の人間と考えるのが自然。そして亜沙山一家。奴らはミナセの命を狙うじゃろう……。


 状況を整理する。なぜ今まで動かなかった? そしてなぜ今、動いたのじゃ。


 考え込んでいると、急にあることが浮かんだ。


 そうだ。ユイが残したメッセージはなんだった? 


 「池袋ハンターシティ」と言っていたはず。


 なぜそこまでしてミナセを参加させたい? ヨロイ達を襲うにしても、ミナセを襲うにしても、ハンターシティで不意を突いた方が有利。なのになぜ……。



 ユイを動かしているのは九条商会? ミナセを狙ったのではなく、ハンターシティ自体が目的?



 ……。




「謎は、全て解けたのじゃ」




「え?」


 リレイラが不思議そうな顔で顔を覗き込んで来る。咄嗟に決め台詞のようなことを呟いてしまったのが妙に恥ずかしい。


「いや、何でもない。今すぐみんなを食堂に集めるのじゃ。今後について話したい」




◇◇◇


 食堂に集まった面々。ヨロイ、アイル、リレイラ、ジーク。そしてミナセ。皆、疲れておるの。


 彼らに向けて説明する。ジーク達のマンションが亜沙山に襲撃されたこと、そしてユイの不可解な行動を。


「……今回、ユイは明らかに不可解な行動をしておった。これを繋げるとこうじゃ。中野で何か事件を起こし、その罪をミナセへなすり付け、見逃した。そして……ヨロイ達を襲ったユイは何と伝言を残した?」


 ミナセを見ると、彼女は悲しげな顔のまま妾を見た。それを見た瞬間、胸が張り裂けそうになる。本当なら、今すぐ抱きしめて全力で守ってやりたい。


 だが、管理局の部長を納める者として、王族の血を引く者として、それは許されない。妾はリレイラとは違う。如何にこの子達を愛そうとも、見守らねばならぬ。秩序を維持しなければ、多くの民が命を失うことになる。それは……避けねばならぬ。



「ハンターシティから逃げるな……そう言ってたんだよね? カズ君」


「ああ。確かに聞いた」



「そうじゃ。ユイは、ミナセを必ずハンターシティに出す必要があったのじゃ」



 じゃが……導くことくらいは許されよう。時間を与えることくらいは許されよう。我が体に流れる王の血よ……ミナセとジークの為に、少しばかりのエゴを許してくれ。


「妾は考えた、ユイはなぜそのようなことをしたのか。恐らくじゃが、今回の件は全て九条商会の差金じゃ。全てハンターシティの為の布石……奴らはハンターシティで何かをしようとしておる」


「ハンターシティで?」


 ヨロイが無機質なヘルムを妾に向ける。


「そうじゃ。オヌシ達、ミナセがユイに狙われたとなれば、ハンターシティでどう動く?」


「そんなの決まってるじゃない! もちろんミナセさんを守るわよ!!」


 アイルが机を叩いて立ち上がった。ジークも黙っているが、そのつもりなのだろう。そう、探索者ではない妾には分からぬが、九条商会の奴らには彼らの絆は深く見えたらしい。パーティを組むとはそういう事なのだろうか?


「そうじゃ。ミナセを抑えれば、ここにいる探索者3名の行動を制限できる。九条商会はそう考えたのじゃろう」


「部長、九条商会は何故そのようなことを?」


 リレイラが声を上げる。以前リレイラから報告は受けた。九条商会がヨロイと彼女との間で揉めたことを。ここから考えられるのは1つしか無い。




「奴らは、ハンターシティでテロ・・を行うつもりじゃ」




「て、テロ……っ!? ですか?」


「ああ。ハンターシティは一般客まで入ることのできるイベント。ここで妾達の想定外のトラブルが起きればどうなる?」


「管理局や魔族への不満が、高まる……最悪、私のような目に遭う者も現れるかも」


 そう、この世界は絶妙のバランスで保たれている。リレイラの身に起きたことは一歩間違えれば大惨事を招いていた。だからこそ妾はあの時、見せしめとも言える魔法を使わせ、九条商会に警告したつもりであったが……ヤツら、よほど人を死なせたい馬鹿どものようじゃな。


 当日は妾達が魔族の魔法を使う。それがあれば被害は出ないはずじゃが、奴らにはそれ以上の何かがあるのじゃろう。


「テロの邪魔をさせないよう、確執のあった探索者をハンターシティ内で行動制限したい。そういうことじゃ。その為に亜沙山一家まで利用して」


 恐らくミナセはユイを探すことになる。亜沙山一家に命を狙われながら。


「なるほどな。亜沙山一家の探索者達にもミナセが狙われるなら、その対処だけで俺達は手一杯になるだろうぜ」


「そうじゃ。ヨロイ、だからこそオヌシとアイルには通常通りハンターシティに参加して欲しい。奴らが起こす何か・・に対処する為に」


「それじゃあミナセさんに何かあったらどうするのよ!!」


 叫ぶアイル。それを見たミナセがゆっくりと首を振った。


「ありがとうアイルちゃん。でも大丈夫。これは私の問題だから、自分で何とかするよ。それに……ユイの怒りは私を殺しても治まらない。きっと、そうなったら私の大事なもの・・・・・を狙う。それは……私も許せない」


 ミナセの瞳は、少しだけ光を持っていた。妾ではどうにもできなかったことが、人との繋がりが、この子を少しだけ前に向かせたのか。


「シィーリア。悪いが俺はミナセから離れる気はないぞ」


 ジークが鋭い視線を妾に向ける。こうなるとこの子は人の言うことは聞かぬ。好きにさせてやるべきだろう。


「分かっておる」


 瞳を閉じ、ゆっくり深呼吸する。心を落ち着かせ、努めて冷静に見えるよう自分を装った。


「オヌシ達にはこうして欲しい。ヨロイとアイルは九条商会への対処。ジークとミナセは亜沙山一家の攻勢を掻い潜り、ユイを捕縛するのじゃ。ユイを亜沙山瑠璃愛るりあに認識させれば、ミナセの誤解も解けるじゃろう。良いかの?」


 対人間で我ら魔族が表立って対処することはできない。それこそヤツらの思う壺じゃ。甘えておるようじゃが……ヤツら「弱者の戦い方」をよく分かっておる。


 皆が頷く。しかし、ヨロイだけが間の抜けたような声を出した。


「余裕があったらミナセのサポートしてもいいだろ?」


「……好きにするが良い」


 ヨロイがアイルの肩を叩く。先ほどまで悲しげな顔をしていたアイルは、それによってパッと顔を明るくさせた。意外にお人好しじゃなヨロイのヤツ。妾としては助かるが。


 ふと見ると、リレイラが熱い視線をヨロイに送っていた。リレイラ……妾がこんなに考えておると言うのに脳までピンクになりおったのか? 腹立つの。


「……まぁ良い。これから約1ヶ月。安全の確保の為に皆は妾の屋敷で修練を積むが良い。スキルや魔法の使用も許可しよう」


「わ、私は……?」


 リレイラが不安と期待が入り混じった顔で問うて来る。この顔……意中の相手とイチャつけるとか思っておるな。


「オヌシはテレワークじゃ。都知事からの要望でハンターシティは何としてもやらねばならぬ。資料作成、雑事の進行……馬車馬のように働け」


「そんなぁ……」


 リレイラは露骨にため息を吐いた。コヤツ……本当に吹っ切れおったな。恋というのは魔族をも変えるか。



 ……。



 1ヶ月後のハンターシティ。それまでにジークとミナセを鍛えてやらねばな。



 ……妾とて、この子達と8年一緒におるのじゃ。2人を見守ってきたのじゃ。



 大切な我が子を、死なせたい母などおらぬ。




 我が子? 母?




 ……思い上がりじゃな。





―――――――――――

 あとがき。


 明日(6/4)は2話更新です。ジークとミナセ、461さんとアイルの閑話的なお話をお送り致します。


7:03と20:03投稿です。どうぞよろしくお願いします。

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