第70話 461さん、美女とお泊まりする。

 〜リレイラ〜


 管理局に電話をして事情を説明すると、シィーリア部長は、宿泊を許可してくれた。


 ……笑いを堪えた様子で。


 「流石に自腹で泊まりますから」という言葉はまずかっただろうか? 必死すぎた?


 部長は渋谷の一件からやたらと優しい。良くヨロイ君の話題を振って来るし……気付かれて当たり前か。管理局の目を盗んで配信コメントで協力したのだ。何かあると思われて当然だ。


 まぁ……最近は部長が気を遣ってくれる分、前より仕事はやり易くなったけど。


 というか、管理局として魔族と人は付き合っても良いのだろうか? その、アレ・・、とか……ヨロイ君女性経験無いと言っていたし……でも私もしたこと無いし……リードするなんて……い、いや! 何を考えているんだ私は! 別に付き合っている訳でも無いだろう!


 確かに、この前みたいにヨロイ君に抱き付いて寝られるかも……とは思ったが、流石にそれはよこしますぎるんじゃないか!?


 頭をブンブンと振って邪念を追い出していると、隣にいたヨロイ君が不思議そうに首を傾げた。顔が一気に熱くなる。


 思わず、店先のアイテムを手に取り「これはどうだろう?」と差し出してしまった。バカか私は……こんな適当に選んだ物で……。



「流石リレイラさん! やっぱり蛇型モンスターには音爆弾ですよね!」



 嬉しそうにアイテムを受け取るヨロイ君。彼は音爆弾を使った時に蛇型モンスターがどんな反応をするかを嬉しそうに解説してくれた。


 よ、良かった。これ、正解だったんだ……。



「それでですね、ヴェノムサーペントは──」



 モンスターの話をするヨロイ君。そんな姿を見ているとまた頭がポーッとしてくる。余計なことを考えてしまう。


 先程私が「一緒の部屋で」って言った時、ヨロイ君、断らなかったな……これってヨロイ君もその気……ってこと? あああああまた私は……っ!?


「? 大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫。ところで、後は何を買う予定なんだ?」


「そうですね。回復薬が不安だから追加で2本、念の為毒耐性薬も買っておいた方がいい。それと今回とは関係無いですけど良さそうな装備品もあって、後で見て良いですか?」


 私今日……本当にヨロイ君と一緒の部屋に泊まるんだ……大丈夫かな……も、もしもの時用に鞄にゴむもああああああ!! なんで私はまたああああああ!!!


「り、リレイラさん? 自分の頭殴ってどうしたんですか?」


 ヨロイ君が不安気に覗き込んで来る。流石にマズイと思って冷静を装った。でも……買い物をしたのに、私は全然集中できなかった。



 ……。



 買い物の後、ブロードウェイ内にあった飲食店で食事し、その場を出た。誰もいないダンジョン周辺地域を抜けると、徐々に人が増えて来る。周囲の人々が私を見て驚いた顔をした。そのことに胸が痛んだ瞬間、ヨロイ君が私の手を握ってくれた。


「俺がいますから」


「あ……ありがとう」


 静かに呟いた声。それに胸がドキリとする。その瞬間、胸の痛みなんて気にならなくなった。私のことを気遣ってくれている……好き。好きだよ、ヨロイ君。


 心の中で繰り返してしまう。ずっと手を繋いでいたいな。この優しくて、強い手に指を絡めたらヨロイ君はどんな顔をするんだろう?


 そんなことを考えながら大きな広場を抜け、予約したビジネスホテルに到着。受付を済ませて部屋に入ると、中にはベッドが2つに簡易的なソファー、それにテーブル。狭くもなく、広くもないちょうど良い部屋だ。結構良い宿のように感じる……観光産業が廃れた東京では宿代は安くなっているらしいし、その影響かな?


 上着を壁掛けのハンガーに掛ける。心臓の鼓動がうるさいくらい高鳴って、全身がカーッと熱くなる。


 う、嬉しすぎて意識失ったりしないよね? そんなことになったら絶対泣いてしまう。



 ヨロイ君も同じ、なのかな?



 しかし、ヨロイ君は淡々と浴室へと入って装備を外して出てくる。トレーニング用のTシャツにショートパンツ……も、持って来ていたのか。



 というか、ヘルムも外してる……顔を見た瞬間心臓がハネる。頭がボーッとしてしまう。クラクラして来た。


 前に顔を見て彼を恥ずかしがらせてしまったことを思い出し、気づかれないよう顔を背けた。


 彼は部屋の隅に装備を置くと、ソファーへ座りアイテムを取り出した。


「中野ダンジョンの状況なんですけど」


 いつもの様子にいつもの声。ヨロイ君、緊張していないのかな……この前泊まったことでもう慣れてしまったとか……そうだとしたら私って、女として見られてない? そう考えると急に悲しくなってしまう。


 どうしよう。このまま打ち合わせに入っても良いのか?


 このままなら絶対に何も起こらない。職務怠慢……かな。ヨロイ君の命がかかっているんだぞ?



「ん? なんで立ったままなんですか?」


 不思議そうな顔をするヨロイ君。少しだけ……甘えてみよう。そうしたら、スイッチが入るかもしれない。そしたらヨロイ君にも気付いて貰えるかも……。


 告白もしてないのに甘えたりしたら、はしたないとか思われるかな? 嫌われたりしたら……。



 でも。



 でも!



 ゆ、勇気を出すんだ……私……っ!




◇◇◇



 〜461さん〜


 中野ダンジョンについて打ち合わせをしようとしたら、リレイラさんがボーッとしていることに気付いた。心配して声をかけると、彼女は俯きながら俺の横に座る。なんか……近くないか?


「ごめん、ちょっとだけ、休ませて」


 途切れ途切れの言葉に少しうつろな表情……そっか。リレイラさんずっと気を張ってたし、そりゃ疲れるか。いきなり打ち合わせしようとして申し訳なかったな。


「良いですよ。大丈夫になったら教えてください」


 そう言った瞬間、リレイラさんが体を預けてきた。


「え、ど、どうしたんですか?」


 頬に当たる紫のサラサラした髪、ふんわり漂う花のような香り。急な感触に内心焦って視線を泳がせてしまう。たまたま向けた視線の先に彼女のブラウス。少し開いた胸元から、彼女の下着がチラリと見える。く、黒……なんだリレイラさん……ってお、俺は何を……。


 再び視線を逸らした。


「こうしたいなって……ダメ、かな」


 リレイラさんが潤んだ瞳で覗き込んでくる。マズイ……この前家に来た時は、あんなことがあった後だから理性が働いたが、これはマズイ。毒や麻痺の感覚には慣れているが、これは……頭がクラクラする。なんだこの感覚……。


「あ、あの……さ。この前みたいにして欲しい」


「この前……?」


「その、ギュッてしてくれない……か」


 ……抱きしめるってことか? 装備が無い状態で?


 リレイラさんがさらに体重をかけてくる、そのせいでバランスを崩し、彼女が俺に乗り掛かるような態勢になってしまう。すぐ目の前にリレイラさんの顔。トロンとした表情で、だけど耳まで赤くなっていた。彼女の胸が俺の体に当たる。その感触で、頭がどうにかなりそうだ。


「い、いや、俺なんか」


「ヨロイくんだから、して欲しい」


 リレイラさんが俺の片手をそっと掴み、抱きしめさせるように手を引いていく。俺の手が彼女の背中に回される。聞こえる彼女の鼓動、呼吸音、目の前がチカチカするような感覚がする。


 こんな経験無いから……クソッ! 情けない話だけど、それが俺だ。仕方ないじゃないか。モンスターは倒せても、女性経験無いんだから! 


 ドギマギする自分が情け無くなって、自分に言い聞かせるように頭の中で言い訳をする。


「はぁ……」


 悩ましい吐息に柔らかい感触、頭の奥に響く香り…………本当にマズイ。これは……。


 だ、だが、ここまでされたのなら、流石に覚悟を決めるしか……。


 意を決して彼女をギュッと抱きしめる。



「ひうっ……!?」



 リレイラさんの体が僅かに震える。初めて鎧無しで抱きしめた彼女の体は……柔らかくて、暖かかった。自分が抱きしめているはずなのに、俺が包まれているような、不思議な感覚……フルフルと震えていた彼女の体から急に力が抜ける。俺の首筋に彼女が顔を埋める。全身の神経がそこに集中して、ヒリヒリするような感覚がした。



 これって、俺に体を預けてくれてるってことか?



「り、リレイラさん?」


「……」


 返事が無い。え、コレって、待っていたりするのか。俺が、何かするのを。この先を……?


 ちょっと待て。抱き締めるだけでぶっ倒れそうなのに、その先? できるのか? 俺に。


 い、いや! そんな下心は……っ! でも、この状況……リレイラさんもそれを期待している? コレは逆に手を出さないのは失礼なのか? いやだが、もしそういうつもりが無かったらリレイラさんとの関係は最悪に……そんなの耐えられん。



 だが。



 だが!



 もし、リレイラさんが待ってくれているのなら、それに応えなくてどうする!? お、俺が彼女を受け止めない道理はあるか!? 彼女を傷付けまいとすることが、逆に彼女を傷付けるかもしれないんだぞ!? もし違ったら? この正直な思いを伝えれば許してくれる! 多分……。




「リレイラさん! 俺は……っ!」



 抱き締めながら彼女の顔を見つめる。



「……」



 彼女は、まぶたを閉じて意識を・・・失っていた・・・・・



「き、気絶してる?」



 さっきの「ひうっ……!?」って声は気絶した時の声だった……?




 マジか。




 ……なんだか、無性に残念な気持ちになった。




 そのまま、寝息が聞こえ始める。



 ……。



 朝、眠そうだったもんな。もう少しだけそっとしておくか。


 残念な気持ちとホッとしている気持ちが入り混じる。そうしていると、無意識のうちに彼女の頭を撫でてしまった。サラサラの髪、羊のような角。角の感触って意外にツルツルしてるんだな……。


 彼女の体重を感じながら、天井を見つめる。そうしていると、彼女と出会ってからのことを思い出す。


 不思議な感じだ。昔俺を指導してくれた女性……その人と再会して、また担当になって貰って。今こんな風になっている。人の縁と離れるように生きていた俺には考えられない状況だ。


 リレイラさんがいなかったら、俺はアイルやみんなとも出会っていなかった。彼女が連絡をくれなかったら、今も1人・・でダンジョンに潜っていただろうな。



 今も1人で。



 きっとそれは、孤独を孤独とも気付かない状況なんだろうな。だって、知らないから。仲間と共にダンジョンを巡る騒がしさも、分かち合う喜びも、この暖かさも。



 俺は・・リレイラさんのこと、どう思っているんだろうか? 師匠? 担当? それとも……この気持ちは、なんだ? 何もかもが初めてのことすぎて分からない。



 彼女の顔を覗き込む。幸せそうに眠る顔。再会してからリレイラさんの色んな顔を見て来たが……彼女には笑っていて欲しい。



 そう、思った。

 


 ◇◇◇


 1時間ほどそうしてから彼女を起こし、ダンジョンの打ち合わせをした。目を覚ました彼女は、ウルウルと目を潤ませて落ち込んでしまった。それが可愛く思えて、また頭を撫でてしまう。今度は顔を真っ赤にする彼女を見て、俺も恥ずかしくなった。


 そこからダンジョンの打ち合わせに入る。話している内に、彼女はすっかりいつもの調子に戻っていた。時折昔話を挟みながら、ダンジョンやモンスターの話をする……寝る直前までずっと。



 さっきみたいな雰囲気にはならなかったのが残念だと言えば嘘になる。だけど、俺は楽しかったし……何よりすごく安らかな気持ちになった。



―――――――――――

 あとがき。


 次回、461さんは三重弁のあの男とダンジョンへ挑みます! 


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