第35話 魔族の女
〜ダンジョン管理局職員、リレイラ〜
方内武器店を出た後は秋葉原駅周辺を見て回った後、待ち合わせ場所だった
何か話題を振ろうとしては、諦めてしまうヨロイ君。でもダンジョンの話を振ると饒舌になる彼。今日買った探索用アイテムを取り出しては一生懸命私に説明してくれる。
可愛いな。
なんだか、ずっと見ていたい。ヨロイ君を見ていると12年前に戻ったような、そんな気持ちになる。
事情もよく分かってなくて、この世界に馴染めるか期待と不安を抱いていた頃を。
公園の外を見ると、行き交う探索者達の姿があった。みんな探索に向けて装備を整えているのか?
そんな中、母親に連れられた少年がこちらを見た。秋葉原に一般人……珍しいな。どこかの店の関係者だろうか?
少年がヨロイ君の姿に気付き、目を輝かせる。
「あ! 461さんだ! 」
駆け寄ろうとする少年。あぁ、動画を見た子かな? 六本木ヒルズの映像は反響が大きかったようだし、こんな子までヨロイ君のことを知っているんだな。
その時。
血相を変えた母親が少年を引き留めた。
「や、やめなさい迷惑でしょ! それに……」
少年の母親と目が合う。母親はバツが悪そうに目を逸らすと、そそくさとその場を立ち去って行く。
……。
「ん? 今、俺の名前が聞こえたような……?」
「さっき子供がヨロイ君のことを見ていたよ」
「へ? 子供? なんで?」
ヨロイ君が不思議そうに首を傾げる。ふふっ。どこに行ってもダンジョンにしか興味が無いのは変わらないな。アイル君もわざわざコメント無しの動画アーカイブをヨロイ君に渡していると言っていたし。
「あ」
ふと時計を見るともう夕方5時を回っていた。
「……そろそろ行くよ」
「駅まで送って行きます」
「大丈夫。私は魔族だよ? 魔法も使えるし、自分の身は自分で守れる」
ヨロイ君がピタリと止まる。何かを考えるように沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……いや、やっぱり送って行きます」
優しいな。昔もこうして私のことを気にしてくれていたっけ。今日も分かっていた。私のことを気付かってくれていことを。
……。
彼のヘルムを覗き込む。奥ではどんな顔をしているんだろう? 平然としているんだろうか?
私はこんなにも、平然を装うのに苦労しているのに……私が、魔族じゃなかったらもっと……。
12年前、必死になって目標に向かう君を見ていた。ひたむきに前へ進む姿を見ていた。
私のことを、真っ直ぐ見つめて慕ってくれる君を見ていた。
ヨロイ君。私は君に会えない間ずっと寂しかったんだよ? 本当は東京になんか来たく無かったんだよ? ずっと君と2人で……2人だけで居たかった。君に連絡したくて、したくてたまらなかった。
でも、怖くて……みんなが私のことを怖がる、から。それを知ってしまったから……。
もし、君に連絡を取ってあんな顔をされたらと思うと……私はきっと立ち直れない。
ヨロイ君。
「ヨロイ君は、私のことをどう思っているの?」
「え、俺がリレイラさんを?」
あ……。
し、しまった。つい声に出して……。
ヨロイ君が考えるような素振りする。
「待って!」
つい大声を出してしまう。ヨロイ君が私をどう思っているかなんて聞いちゃダメだ。彼は私の誘いに答えて東京に来てくれた。今日も会ってくれた。それだけで十分だろ。
「え、どうしたんですか急に? 俺は」
欲張っちゃダメだ。考えちゃダメだ。迷惑をかけてしまう。
「今のは聞かなかったことにしてくれ!」
恥ずかしくなって彼に背を向ける。自分の顔が熱くなるのが分かる。ダメだ。こんな顔見せられない。
「ま、また連絡するよ。今日はありがとう」
「あ、リレイラさん! ちょっと!」
後ろから聞こえる声を振り切るように、私はその場を後にした。
◇◇◇
もしかしたらヨロイ君が追いかけて来るかもしれない。そう考えると立ち止まれなかった。慣れないヒールで、必死に走った。
秋葉原駅方面に探索者達が歩いているのが見える。
1人に、なりたい。秋葉原駅の方へ行ったらヨロイ君が来るかも。御茶ノ水駅の方へ行けば……。
走って。
走って。
走って。
自分の気持ちを振り払うように走った。大通りを進み、神田明神下交差点を右へ。
私は想ってはいけない。この気持ちを認識してはいけない。意識したら、きっと……ダメだ、考えるな。
私は人では無いだろう。私は……。
「魔族がこんな所に何の用だ?」
急に目の前に男が立ち塞がった。黒いスーツに髪を結んだ男が。
手に持った長い袋。あの袋……槍、か? だとすれば探索者か?
「……もう帰る所だ。放っておいてくれ」
男の横を通り抜けようとした瞬間、路地裏から現れた複数人の男達に取り囲まれる。
何だ? この人数……6人はいる? 元から私を狙っていた、のか? いや、ここはダンジョン周辺地域じゃないはずだ。
「問題を起こせばどうなるか分かるはずだ。スキル発動や武器の抜刀は探索者用スマホで記録されている。資格剥奪だけじゃ済まないぞ」
「ダンジョン管理局の人間が忘れてどうする? この場所は、神田明神ダンジョンの
「な……んだと?」
「過去に起きた神田明神モンスター流出事件。その影響でこの地域は周辺区域の範囲が広く設定されている」
男の言葉に周囲を確かめる。路地には私達以外誰も歩いていなかった。周辺区域。ダンジョン内と同様に抜刀もスキル発動も許可されている地域。
一気に背筋に嫌な寒気が伝う。
しまった……自分のことで頭がいっぱいでこんな単純なミスを……。
「アンタと
「お前──」
突然、複数人の手のひらが私に向けられる。視界が手のひらに覆われ、魔法名が聞こえた。
「
私の体を赤い光が包み込む。それと同時に猛烈な睡魔に襲われる。
「やはり九条様のおっしゃった通り。
九条……頭が回らない。誰だ? 聞いたような名前のような気も……。
「だが……
体が言うことを聞かない。立っていられない。クソ……完全に……油断……した……。
「大人しく我らについて来て貰おうか。魔族の女」
髪を結んだ男が指示を出すと、男達が私の腕を掴む。視界に入る黒いバン。その車の扉が開き、中へと押し込められる。
「この女のスマホから461に連絡を入れる。ヤツを誘い出す」
「でも
「来るさ。ただの担当と休みにまで会うか?」
「魔族の女と? うわっ。恐ろしいヤツもいるもんスね」
鳴石と呼ばれた男が私の髪を掴む。痛みは感じるのに体が重い。指一本動かせない。
「痛っ……!?」
「信じがたいが、461は随分物好きらしい。ま、俺達もアンタで良かった。何の気兼ねもいらないからな」
私の顔を覗き込む男。その男は軽蔑した顔を私に向けた。
「人質としては役に立ってくれよ。クソ魔族が」
ヨロ……イ……君……。
そのまま、私の意識は暗闇に包まれた。
―――――――――――
あとがき。
461さんを誘い出す鳴石達。しかし、彼らは1つ計算違いをしていた。次回……ご期待下さい。
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