第18話 53階の魔物

 〜探索者461さん〜


 六本木ヒルズのモンスターは大半が倒されていた。


〈ジークリード達か:wotaku〉

〈モンスターの死骸頃がりまくってるじゃんw〉

〈強すぎワロタw〉

〈やっぱ461さんじゃあ無理だよなぁ〜〉


 その内の1体、子グモへと近付き足でゴロリと転がす。


「何やってるのヨロイさん?」


 不安そうな顔で覗き込んで来るアイル。彼女に見せるように子グモの胴体部を上向きにする。


 カプセルのような胴体。明らかに普通のクモとは一線を画している。それは、脚が8本あることで辛うじてクモだと認識できる造形だった。


「これ、さっき戦ったマザースパイダーに似ていると思うか?」


「うーん……なんか違う。クモに見えないし……」


〈見えない〉

〈見えません〉

〈これは……〉

〈ウォタクくん知ってんの?〉

〈ミスるかもしれないから言わない:wotaku〉

〈言えよ!〉

〈分かんないな〜〉


「みんな違うように見えるって」


 アイルが虚空こくうを見つめる。俺には見えないが、コメントが流れているんだろう。


 複数人が見てもそう感じるか。やはりこれは……。


「何か分かるのヨロイさん?」


 どうする? まだ確信は持てない。このまま伝えてアイルに固定観念を持たせるのも良くないな。戦闘が不利になる。


「いや、後で言うよ」


〈言わんのかい!〉

〈言えよ〜〉

〈すぐ分かるって:wotaku〉

〈気になるなぁ〉


「も〜教えてよ!」


 頬を含ませるアイルを連れて、俺達はヒルズの最上階を目指した。




◇◇◇


 俺達は、僅かに残ったモンスターを倒しながら非常階段を登り、破壊された扉を迂回し、非常用のハシゴを登った。



 そして、2時間ほど経った頃。



 俺達はタワー最上階の1つ手前、52階へと辿り着いた。


「こんな高さ……ヤバすぎるわ……はぁ……落ちたら即死じゃない……」


 窓から下を眺めて、アイルの顔が青白くなる。


「少し休め。持久の腕輪付けてるからスタミナもすぐ回復するだろ」


「う"ん"……そうする……」


〈アイルちゃんかわいい〉

〈息を切らすアイルちゃんもいいな〜〉

〈52階まで階段とかヤバすぎ〉

〈461さん息も切れてねぇとかバケモンかよ〉

〈普段から鎧着てるヤツがまともな訳ないww〉


 ゼェゼェと息をして座り込むアイル。無防備になった彼女の足元にドローンが飛んで来たので、それとなくドローンをショートソードの鞘で弾いた。


〈あ!?〉

〈クソッ惜しかったのにw〉

〈グェー画面酔いするンゴ〉

〈461さんウゼ〉

〈覗きやめろ〉

〈ドローンが勝手に飛んだだけだしw〉


 フラフラと体勢を立て直すドローン。アイルは自分の体勢に気付いたのか、ローブで体を覆うように座り直した。


「ご、こめんねみんな。ドローンの設定変になってたみたい」


 アイルがスマホを操作する。すると、ドローンが軌道を変えて、俺達の少し離れた場所に移動した。


〈悪くないのに謝っちゃうアイルちゃん好き〉

〈謝んなくていいよ〉

〈見るヤツが悪い〉

〈マナー守れよ他のヤツ〉


 周囲を見渡す。ダンジョン化する前は展望台であっただろう室内は、壁一面がガラス張りとなっている。その向こうに見える高層ビル群。それが、六本木ヒルズがどれほど高いのかを表しているようだ。


 確かにアイルの言う通りだな。落ちたら全身バラバラだな。


 数分ほど窓から外の景色を眺めていると、アイルがゆっくりと立ち上がった。


「まだ休んでいていいぞ」


「もう、大丈夫。これ以上ジークリード達に離される訳には行かないしね。体も全然楽だし持久の腕輪すごいわね」



 その時。



 背後に気配を感じた。振り返ると、白いベレー帽に白マントのミナセと、白銀竜製スーツを装備したジークリードが立っていた。


「おぉ〜意外に早かったね〜!」


 大袈裟な素振りでミナセが手を叩く。それを見たアイルが語気を強めた。


「アンタ達それでもA級なの!? 新人の邪魔するなんて信じらんない!」


〈ひでーよなぁ〉

〈実際アレは無いわ〉

〈ただでさえジークリード達の方が有利なのに〉

〈炎上するんじゃね?〉


「ちっ」


 一瞬ミナセが舌打ちしたように見えたが、それを確かめる間も無く彼女は困ったような笑みを浮かべた。


「違う違う! 確かに鎧さんとアイルちゃんの実力見たくてマザースパイダーけしかけたけど〜、私達ちゃんと待ってたでしょ? 正々堂々勝負するつもりだったって〜」


「……怪しいわね」


「ほら、最初から出し抜くつもりならこんな所で待って無いでしょ? ボス直前だよ?」


〈確かに〉

〈普通なら待って無いわな〉

〈ラルゴじゃないし……〉

〈ジークリードのイメージ的にもやらないか〉

〈でも試験てw〉

〈やっぱり中二かwww〉


 アイルが俺の方を見上げた。


「ヨロイさんはどう思う?」


「どうも何も、実際こうやって待ってたならそうじゃないか?」


「うん……なーんか引っかかるけど、ヨロイさんが言うなら信じておくわ」


「良かった〜♪ 私達もさ、変な誤解与えてないか不安だったんだよね! ね? ジークリード?」


「……そういうことにしておこう」


 ジークリードが顔を背ける。アイルのドローンがフワフワと彼の周囲へと飛んで行き、その様子をカメラに収めた。



〈きゃわw〉

〈ジークリードこんなキャラなんww〉

〈でも勝負どうすんの?〉

〈決着つかんよね〉


「そうそう! それで勝負なんだけど〜? 一緒に最上階のファザースパイダーと戦ってさ、最後にトドメめを差した方が勝ちってことでどう?」


 共闘か。確かにこの先のボスは……戦力は多い方がいいだろうしな。あの入り口のボスに内部の子グモ……ここも例に漏れず生態が変わってるみたいだし。



「トドメを刺した方かぁ。俺はいいぜ」


「私も異論は無いわ」



「……」


 腕を組んで壁に寄りかかっていたジークリードが俺に鋭い視線を向ける。


「……」


「ジークリード」


 ミナセがジークリードの腕を掴む。しかし、彼はそれを軽く振り払うと背負を向けて奥へと向かって歩き出した。


「ちょっと〜? もっと愛想良くしてよ〜みんな見てるんだから!」


「知らん」


 全員でジークリードの後を付いて行った。



◇◇◇


 ジークリードが階段の手前で立ち止まる。後ろから前に目を凝らすと、最上階に続く階段には蜘蛛の巣が張り巡らされていた。



 ダンジョン内にも所々蜘蛛の巣が張っていたが、この階段は異常なほど多いな。ボスが近いってことか。



「うわぁ……気っ持ち悪いなぁ〜」


〈確かにキショい〉

〈オレこういうのゾワゾワするわぁ〉

〈汚ねえ〜〉

〈てか通れんの?〉



「下がって。私の魔法で対処するわ」


 アイルが「火炎魔法ブレイズ」を発動する。杖から放たれた火炎が蜘蛛の巣に当たると、その炎は一気に燃え広がり、瞬く間に階段が火の海に包まれた。


 ジュクジュクとした音と共に、蜘蛛の糸が変質していく。



 この蜘蛛の巣は火で強度が落ちるみたいだな。



 数秒燃え続けたタイミングを見計らって、ショートソードを一閃する。すると、蜘蛛の糸が嘘のように切断され、道が開いた。


「鎧に天王洲てんのうず……と言ったか。命を落とすことだけはするなよ」


「死ぬつもりなんてないわよ! ちゃんと生きたままアンタ達に勝ってやるんだから! ね? ヨロイさん」


「ん? ああ」


「? なんで ちょっとボーッとあいてるのよ?」


「どうやってボス攻略するか考えてるんだ」


「……考えるのはいいが、戦闘中は気を抜くなよ」


 ジークリードの冷たい視線が刺さる。それを無視して階段を進むと、俺達は最上階の扉の前までやって来た。



「いい? じゃあ開けるよ〜」



 ミナセが扉を開く、屋上の空間から流れ込んだ冷たい風がアイルのツインテールを揺らす。その先にいたのは……。




「ギギイイイイイイアアアアアアァァアァァアアア!!!」




 明らかに入り口のヤツよりデカいクモ型モンスターだった。



 6メートルはあるかという8本の脚。そしてその中央に繋がれる縦長のカプセルのような造形……それは、ヒルズ内で見た子グモにソックリだった。



〈!!!?!??!?!!?〉

〈デッカ!?〉

〈何メートルあんだよアイツ……!?〉

〈ファザースパイダーってあんなのかよ!?〉

〈やっぱり……アレはファザースパイダーじゃない:wotaku〉

〈!!?〉

〈じゃあ何だよアイツ!?〉

〈は!? そんなんありか!?〉



「こ、コメントが……みんなアイツがファザースパイダーじゃないって言ってる」


 アイルの言葉にミナセが首を傾げる。


「え? 六本木ヒルズの最上階のボスはファザースパイダーじゃないの〜?」


「いや、あれが本当の『マザースパイダー』だ。恐らくこのダンジョンも生態系が変わってボスが入れ替わったんだろう」



〈!!?!!?!??〉

〈え!? アレマザースパイダーなん!?〉

〈恐らくそう……しかも成長して巨大になってるwotaku:〉

〈強くなってる……ってコト!?〉

〈元々マザースパイダーはA級クラスでも手こずる相手……それがあのサイズまで成長してるってことは… …〉

〈ヤバいじゃん!?〉

〈アイルちゃん死なないでぇ〉



「……なんだコイツは」



 ジークリードが腰の剣に手を掛ける。彼もまた平静を保っていたが、その頬には汗が伝っていた。それだけでこのボスの力量が分かるような気がする。



「ギギィィィィィィィィィアアアアアアアアアァァァァァ!!!」



 ヒルズ全体に轟くような雄叫び。明らかに異質な強さを持つであろう真のマザスパイダーが俺達を威嚇いかくする。



 戦った事の無いボス。力量も何もかも未知数……。



 そのボスを前にして俺は……。



 俺は……。



 最高にワクワクしていた。




―――――――――――

 あとがき。


 次回。真・マザースパイダー戦です。巨大マザースパイダーの脅威に焦ったジークリードが単独で勝負に出て……?

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