第58話★
今日の演説ではいつも以上に櫻木さんは張り切っていた。ほとんど休憩も取らず、できるだけたくさんの生徒に声掛けをしていた。こちらが心配になって声をかけても、「私は全然大丈夫です。それよりも桂くんは一度休憩をした方がいいですよ」と言って、自分よりも俺の心配をしていた。それに、今日は昨日までと違って、一か所で演説するだけでなく、二か所三か所に移動して、演説をした。
今日最後の演説が終わると、俺たちは生徒会室に戻ろうとしていた。その途中で、ある男子生徒と出くわす。――龍泉寺翔だ。
「やあ、櫻木さん、そして桂くん」
龍泉寺は手を振ってこちらに近づいてくる。
「こんにちは、龍泉寺さん。龍泉寺さんの演説すごいですね。いつも人がいっぱいで、私も見習わないといけないです」
挨拶をし、にこっと笑う櫻木さん。彼女の言葉は素直に彼を尊敬しているように聞こえた。実際、彼女は彼のすごいところを素直に評価しているのだろう。
「ありがとう。
彼の言葉がちくりと胸に刺さる。なんとも嫌味な言い方だ。
しかし、櫻木さんはそんな彼の言葉に対して、嫌な顔一つしなかった。
「はい、これも私の力不足なのでしょうね。でも、まだまだです。これからも正々堂々戦いましょうね」
実に謙虚に、そして前向きに彼女は応じる。
「いえいえ、こちらこそよき戦いを期待しています。あっ、それと―――――――――」
その時、龍泉寺は櫻木さんに顔を近づけ、小さく耳打ちした。とても小さな声であったため、なんと言ったのかは分からない。
しかし、耳打ちをされた瞬間、一気に櫻木さんの顔が青ざめたのが分かった。
「すみません。櫻木さんはこれから生徒会の仕事がありますので、これで失礼します」
俺は強引に彼女の腕を引っ張り、龍泉寺から距離をとらせる。
すると、龍泉寺はいつかと同じようにククッと笑った。
「はい、わかりました。それでは、またお会いしましょう」
大仰にお辞儀をし、その場を後にする。
彼が去ってから、隣にいた櫻木さんの方へと振り返る。
「櫻木さん、大丈夫?」
櫻木さんは目を伏せたままだった。しかし、俺が声を掛けると、パッと顔を上げる。
「はい、大丈夫です。あっ、すみません、私、生徒会用倉庫に資料を取りに行きたいので、桂くんは先に生徒会室へ戻っていてくれませんか?」
「あ、それなら俺も―――――」
「いえ、すぐ戻りますから」
そう言うと、櫻木さんは俺を振り切り、生徒会用倉庫へと駆けていった。
櫻木さんが向かった方向を見つめる。
やっぱり、櫻木さんの様子を見に行った方がいいよな……
そんなことを思い、俺は櫻木さんを追うことを決意した。
生徒会用倉庫は過去の学園行事に関する資料や生徒会室の備品などを保管しておく部屋である。生徒会室は会議なども行われるため、物を置けるスペースは意外と限られている。それに学園行事に関する資料は、学園創立以来記録・保管されているため、その量も膨大だ。そのため、生徒会室とは別に、それら資料や備品を保管する倉庫が設置されている。
俺はそうして生徒会用倉庫にまで来た。そして、そのドアを開けようと手をかける。
もし資料が多ければ一緒に運んだ方がいいよな、そんなことを考えていると、
「……ぐすっ、……ぐすっ」
中から泣き声がした。櫻木さんだ。
俺はこのまま中に入るべきか躊躇ってしまう。
「私、やっぱり向いていないのでしょうか……」
櫻木さんの声が聞こえてきた。
「もしかしたら、私の意見はただの自己満足で、この学園、生徒のためになっていないのでしょうか……」
その声はとても弱々しい。
「私、とても怖いです。私の思いがみなさんに届くことはないのではないのでしょうか。そもそも私の思い自体が間違っているのでしょうか……」
そのとき、俺はハッとした。
今日の櫻木さんはいつも以上に張り切っていた。中間支持率を見た時も気落ちすることなく、明るく振舞っていた。
でも、それで本当に彼女が落ち込んでいたりしたかったと言い切れるだろうか。
あのときは俺や牧原さん、細谷先輩もいた。それならば、あの張り切り方も明るい振る舞いも、俺たちに心配をかけさせないためにした彼女の気遣いなのではないか。あの優しい櫻木さんだ。むやみに俺たちに心配をかけさせるような真似なんて絶対しないだろう。
でも、櫻木さんは、ただ普通の女の子だ。俺たちと同じように傷つくし、落ち込むことだってある。不安を感じることも怖くなることもある。
なんでそんな簡単なことに気が付かなかったのか。
俺は自分を恥じた。
あんなに近くにいたのに。
自分は櫻木さんの手伝いをすると決めたのに。
――――なんか櫻木姫を守る
そんな七海の言葉が頭の中に蘇る。騎士が姫を守れずにどうする。あんなに傷つき、弱々しくなった姫を。
今こそ彼女を支えなくてはならない。
俺は意を決し、目の前のドアを開けた。
ガラガラッ
扉を開けると同時に櫻木さんがこちらに目を向ける。
彼女は冷たい床に座り込んでいた。そうしている彼女はいつもより小さく見えた。そして、彼女の顔を見つめれば、その目元には涙が浮かんでいた。
「な、なんで……」
しかし、俺はその問いに答えない。その代わりに、無言で彼女に近づき、彼女の頭にそっと左手を置く。
「大丈夫だから……」
「えっ」
驚く櫻木さんをよそに俺は言葉を続ける。
「櫻木さんの思いはちゃんと届いている。自己満足なわけがない。少なくとも櫻木さんがこの学園のことを思って行動をしていることを俺は知っている。だから……、だから……、櫻木さんには自分を信じて突き進んでほしい」
その瞬間、彼女の涙がまた一気に溢れ出した。そして、
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
彼女のうちに秘めていた思い・感情の全てをせき止めていたものが決壊した。
そんな彼女を俺は抱きしめ、胸を貸してあげる。
彼女が俺の胸に顔を押し当てて泣く間、いつまでも俺は彼女の背中を撫でていた。
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