第52(4)話
次の日の放課後、俺は一人で学園の廊下を歩いていた。
つい数日前にテストが終わったからか、グランドからは運動部の掛け声が、辺りの空き教室からは吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。特に運動部は新人戦が近いからか、いつもより熱が入っているように感じた。
「そういえば俺、部活動に入ってないよな……」
部活動に勤しむ声を耳にして、ふと思ったことを口にする。
転校してきてからもう二か月近くが経過した。前の学校では一年生最初から部活に入っていたが、星華学園に転校してからはまだ部活動の見学すら行っていない。
「といっても、部活動に入るのはもう無理だよな……」
二年生のこの時期に、というのもあるが、何より今は七海のことがある。部活に入って放課後を潰してしまうと、魔導書を読んだり、魔導薬の生成の時間がなくなってしまう。
自分は七海と一緒に怪異の討伐をすると決めたのだ。少しでも七海の役に立てるよう、今は自分のできることを精一杯していきたい。その点、星華学園は生徒に部活動を強制していなかったので助かった。
そんなとりとめもないことを考えていると、ふと向こうの教室から聞き馴染んだ声が聞こえた。
「んー……、やっぱり届かないな……」
気になって、声がした教室の前まで近づく。教室の扉が少しだけ開いていた。
顔を上げると、そこには「新聞部」と書かれている。
「失礼しまーす……」
挨拶をしながら教室の扉を開ける。
目線の先には、壁伝いに並んだ棚を見つめながら腕を組み、何やら考え事をしている七海がいた。
「あ、すみませーん。今日は、部活動がお休すみでして……って、桂君っ⁈」
七海は俺の姿を認めた瞬間、驚きの声を上げる。
「ど、どうしてここにっ⁈ 桂君は新聞部じゃないでしょ?」
「ああ、まあな。この教室から七海の声が聞こえてきたから、ちょっと寄ってみた」
「ちょっと寄ってみたって……。桂君、もしかして暇なの?」
はあ、と息をついてから、目を細めて尋ねてくる。早くどこかに行って欲しい、とでも言いたげな雰囲気があった。
ここには他の生徒がいないからか、七海はいつも学園で話しているような明るい感じではない。どちらかといえば、夜に会っているときのように少し斜に構えていて棘のある感じだ。
「まあ、暇ってわけじゃないんだけど、ちょっとな。それよりも、部活が休みなら七海はここで何をしているんだ?」
この教室には俺と七海の二人しかいない。他の部員が全員取材で出払っているとしても、荷物くらいはこの教室に置いておくだろう。しかし、それすらもここにはない。新聞部が今日は休み、というのは七海の言っている通りだろう。
「ちょうどいいから部室の整頓でもしようと思ったの」
七海は肩をすくめる。
「一人でやっているのか?」
「そ」
あたりを見回す。教室には新聞部が今まで作ったのであろう新聞が至るところに散乱していた。これを一人で整頓するのはかなり大変に違いない。
「なあ、俺も手伝っていいか?」
「は、なんで桂君が手伝うの?」
七海は訝しげにこちらを睨んでくる。
しかし、俺はそんな七海をどこ吹く風と無視して、散らばった新聞を集め始める。
「気分だよ、気分。それに、七海一人だと棚の上の方は届かないだろ?」
「うっ、なんでそれを……」
七海が悔しそうな声を出す。
「さっき、教室の外から七海の声が聞こえたんだよ。ほら、さっさとしないと日が暮れるぞ?」
「……はぁ、わかった。それじゃお言葉に甘えて手伝ってもらうことにする」
何を言っても通じないとの考えに至ったのか、七海は自分の作業に戻った。
「で、これはどこにしまえばいいんだ?」
新聞をいくつか集めて、七海に問いかける。
「そこの棚の最上段」
七海は手を止めることも、目線を向けることもなく教えてくれた。
「えーっと……」
自身の隣にある棚へと視線を向ける。
教室の壁伝いに並ぶ棚には、数多くの新聞が置かれていた。しかも無造作にしまわれているわけではなく、発行年月ごとにファイリングされている。これならば過去の新聞を見たいときに探すのが楽になるだろう。
七海に言われた棚の最上段に新聞をしまうべく、両手を伸ばす。ここの棚はかなり高い。男子の俺でも両手を伸ばして、背伸びまでしてようやく手が届くほどの高さだった。これだと、女子の中でも比較的小柄な七海では全く届かないだろう。
「よいしょっと」
集めた新聞たちを棚の中にしまう。
「それが終わったら、こっちのをお願い」
新聞をしまい終えた途端、後方から七海の声が聞こえた。
「手伝うってなったら遠慮がなしに渡してくるのな」
「当たり前でしょ? 桂君から手伝いたいって言ったんだから」
七海はこちらに見向きもせず、自分の作業を続けている。
俺は七海が集めた新聞を次の棚へとしまうべく手に取った。
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