第6話★
微かな声が耳朶をなでた。無意識に足を止めて耳を澄ませる。
「―――――――――♪」
周りの音にまぎれそうになるが、やはり聞こえる。
どこから聞こえるのだろう……
さっきよりも耳を澄ませ、声の方向を捉えようとする。
「―――――――――♪」
「この声は……上から……?」
しかし、俺が今いるのは中央棟の四階。この棟の最上階だ。
そうなるとこの声の主は屋上にいることになるのだが……
「たしか、櫻木さんは屋上が解放されていないって言っていたような……」
アニメや漫画では学校の屋上が解放されており、生徒たちの屋上でお弁当を食べるシーンが多数描かれているが、現実で屋上が解放されている学校なんてほとんどない。この学園も例に漏れず屋上への立入りを禁止しているとのことだった。
「――――――――――♪♪」
階段へと向かう途中、声がより大きく、はっきりと聞こえる場所を通った。
その声は何かのメロディーにのせられているようだった。声の主は、屋上で歌でも歌っているのだろうか。
「――――――――――♪♪♪」
屋上へと向かう階段を上るとその歌声はより一層大きくなる。
俺は屋上へと出る扉のドアノブに手をかけた。するとドアノブは何の障害もなくすっと回る。なぜだか鍵がかかっていないようだ。
「ちょっとぐらい覗いてもいいかな……」
そして、俺は回ったドアノブを押した。
そうして屋上への扉を開けると……
思わず言葉を失った。
目の前には、同じ制服を着た一人の少女がいた。腰あたりまで伸びた黒髪が夏の熱風に吹かれてたなびいていた。しゅっとした顔立ちは可愛いというより綺麗という言葉が彼女を表現するのに適しているだろうか。街中で十人の人が通りすがりに彼女を見れば、まず間違いなくそのうちの九人は振り返る。そんなまぎれもない美少女だった。
その少女は右手を空に向け、左手を胸に添えながら歌っていた。
歌は神にささげる祈りでもあるとどこか聞いたような気がするが、彼女の歌う姿は、それこそまるで一人の聖女が神々へ祈りをささげるかのようだった。
俺は一目見てそんな彼女に目を奪われた。
「ッッ⁈」
俺が屋上に踏み入れてすぐ彼女は歌うのを止めてこちらを見やった。その顔からは驚きと戸惑いの感情が見て取れる。
ここで俺はすぐ彼女に何か言うべきなのだろう。なぜここに来たとか自分は誰かとか。しかし、その口は動かない。彼女に見惚れていた反動で自分の体を思い通りに動かすことができなかった。
「……」
「……」
互いに押し黙る。
「……」
「……」
ここでの沈黙がかなり気まずい。いや正確には、校内のあちこちから生徒の部活動に励む声が聞こえてくるため、音が全くないというわけではない。しかし、まるでこの屋上だけは周りの世界から隔離されたかのように、音が入ってきていない気がした。
「……から」
最初にこの沈黙を破ったのは少女の方だった。
「……違うから。う、うう、歌ってなんかいないから……」
しかし、かなりとんちんかんなことを言っていた。困惑が極限まで達しているようだ。
「あ、あの……」
ようやく動かせるようになった体に脳の信号を送り、俺は彼女に近づこうとする。
「ッッ⁈」
彼女は少し後ずさりをする。
マズい、これは早く何か言わないと。
転校初日から不審人物のレッテルを張られるのはごめんだ。
事情をきちんと説明して、ここに来た経緯を納得してもらうに限る。
しかし、
「――――――――ッッ」
彼女は脱兎のごとく駆け出し、俺の隣を通り過ぎた。そのため、俺は言葉を続けることができなかった。
俺を追い越した彼女は屋上への入口である扉をくぐる。そして、
ガチャン
扉が閉められた。続いて、
ガチャリ
今度は、かなり不吉な音が響いた。
「ッッ⁈」
俺はすぐさま扉に駆け寄りドアノブに手をかける。
ガチャガチャ
その扉はなんとも無慈悲な音しか鳴らなかった。当然、扉が開くこともない。この扉は防犯の観点及び生徒が屋上に立ち入るのを防ぐ観点から扉の両側から鍵をかけられる仕組みとなっているようだ。
「……うそ」
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