第10話 ジャイアンと哀しみ

「リコ氏は、ジャイアンみたいな女だけれど、哀しみを知っているよ」

 友人は、ぽかんとした。

「いや、そりゃあ、ジャイアンだって辛いこともあるだろうさ」

「当たり前だよ。ああ見えて、子供なんだよ。ジャイアンだって」

 リコ氏が失踪した。毎日、通学はする。今日こそは、笑って背中を叩いてくれるのではないか。けれど、リコ氏は顔を見せない。だから、放課後に美術室の前を素通りする。

 美術部に二人きりの男子。

「ごめんね。僕が部活出ないと、君も居辛いよね」

「それは良いんだ」下を向いて首を振る。「お前はそもそも吉田よしだ嬢の顔を見に行っているようなものだったろう。俺も、ただの付き添いだったしな」

 学校の裏山。てっぺんまで登ると、ちょっとした公園のようになっている。

「まあ、飲めよ。おごりだ」

 缶ジュースを受け取る。

「ありがとう」

 フェンス越しに、街を見下ろす。目は、リコ氏を探す。

「リコ氏は、家出するような子じゃないよ」

「そうだな」

 リコ氏は、音楽に関わらない。

 我が家は、超エリートな音楽一家なの。曾祖父と祖父が有名人。で、父は音楽の神様に愛されなかったのね。

 これでもし私に才能があったらヒサンじゃない。新聞やらニュース番組やらで、家を出て行った父が知ってしまったら。

 私ね、二度も祖父に父とのお別れを経験してほしくないの。

 強者の理論だ。

 可哀想にね。父は、愛されなかったのよ。この美しい顔からね。

 きゅんとした。うん、さすがにやばい自覚はあるよ。

 フォークダンスに誘って、断られて号泣した。ごめんね、昨日、寝つけなくて。お詫びに、私の秘密を教えてあげると。あれは、川原だったか。

「ケーキ屋のクッキー、美味しかったな」

「え、食いたいの。ケーキ屋遠いよ?」

 隣を向いて、にっと笑って見せた。

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