第8話 手紙と保体

 父上。申し訳ありません。私では、力不足でした。

 だから、代わりに私の娘を、あなたの孫娘を置いていきます。

 確かに、私は祖父である吉田旭よしだあさひの血を継いでおりません。仕方のないことです。祖父は、子作りを拒否したのでしょう。当然です。戸籍上、吉田旭と吉田若菜よしだわかなとは確かに親子です。でも、あなたがいちばんご存知でしょう。祖父にとって、あなたは正真正銘、愛する妻だったのですから。

 だから、愛する人の実子を望むなんてことがどだい間違っているのです。この点、私は祖父に心を寄せます。それはそれとして良いのです。

 あなたは何故、私を作ったのですか。愛する夫がありながら、どうでも良い女を抱いたのですか。そんなに金が大事でしたか。

 あなたは最初からそうだった。母も私のことも興味がなかったのでしょう。

 ただ、ピアノの師である吉田旭の気が引きたかった。子である私に、祖父と同じ名を与えた。吉田朝日よしだあさひ。どれほどこの名に苦しめられたことか。


 *


「つまりは、愛なんだな」

 私は、吉田先生をひとりの男として愛していた。だから、ピアノの稽古も辛いと感じたことが無かったのだと。自分ができたのだから、当然、息子もできるのだろうと。

 だから、そういう訳で、私はお前にピアノを求めないのだと。

 徹底的に、日常から音楽を排除して。

 吉田家の呪い。愛だの恋だのくだらない。

 雨の中、男の子は激しく発熱していた。迫りくる獣を倒して。ぜいぜい息を切らしながら杖をふるって、倒木やなんかを使って小屋を作り出した。そうして、ぶっ倒れた。

「これでも、保健体育の授業も真面目に受けているのよ。良かったわね」

 熱中症対策なら、ちょうど試験範囲だった。

 森見登美彦作品にはまっているのだと言ったら、山口やまぐち君がプリチーな手ぬぐいをたくさんプレゼントしてくれた。その帰りのことだった。

「まじか。あいつ、私に気しかないじゃないか」

 外の雨で手ぬぐいを濡らす。太い血管のあるところに当てる。

 黒いマントは脱がせて枕にして。

「衣服をゆるめてと…」

 じっと男の子の顔を見つめる。心なしか、山口君っぽい。

「ま、私は異世界で恋なんかしないけどな」

 助けてくれたのだ。少しくらい恩返ししても良いかもしれない。



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