第74話★

「あっ、ようやく来たわね~」


 俺たちのライブの時間が近くなり、俺と志藤さんが体育館の舞台裏までやって来た時には、すでに七海と遼、牧原さんが集まっていた。

「ごめん、ごめん」

「ま、いいわ。これで全員、そろったことだしね。ほらほら、みんな集まって~」

 七海が手招きする。

 俺たちは輪を作るようにして集まった。

 七海が輪の中心に右手を差し出すと、みんなもその手に重ねるようにして、自身の右手をかざしていく。

「あ、あやちゃんは魔法の準備、大丈夫……?」

 牧原さんが志藤さんを気に掛ける。

 そんな牧原さんに志藤さんはこくりと頷いた。

「ええ。練習では成功していたし、大丈夫だと思うわ」

「昂輝は緊張でミスるなよ」

 遼が俺の脇腹を小突く。

 俺も遼の足を軽く蹴った。

「遼こそペースをちゃんと守ってな」

 七海が全員を見渡す。

「それじゃ、ちょっとテンプレだけど……。えいっ、えいっ」


「「「「おー」」」」


 七海の掛け声に合わせて、俺たちも声を出す。

 すると、係りの人から「次のグループは準備をお願いしまーす」と声をかけられる。

 呼びかけられると、俺たちは舞台に上がった。


 前のグループが終わった今は舞台の暗幕が下りている。

 出し物と出し物との間の数分間。これが次のグループが準備をする時間だ。

 俺たちは急いで、自分たちの楽器のセッティングを始めた。

 さあ、いよいよライブが始まる。

 そう思うと自然と気持ちが高ぶった。


 セッティングが終わった段階で七海は遼へと視線を送った。

 アイサインを受け取った遼がこくりと頷く。

 そして、両手に持ったスティックを軽やかに打ち鳴らした。


「「「「っっ」」」」


 演奏の開始を告げる木と木とがぶつかり合う音。

 それを皮切りに俺たちは最初の曲を演奏し始めた。

 曲が流れだした直後、観客席の方から大きな歓声が聞こえてきた。

 まだ暗幕で観客席とは遮断されているはずだが、その声は十分に聞こえてくる。

 体育館に入るときは分からなかったが、思いのほか、このライブを聞きに来た観客が大勢いるらしい。

 滑り出しは上々。俺は練習した通りに鍵盤上で指を躍らせる。

 遼のドラム、牧原さんのベースに合わせて、俺と七海がメロディーを奏でる。


 うん、いい感じ……

 

 俺はふと舞台の真ん中にいる志藤さんを見た。


 志藤さんは、マイクが音を拾わないよう電源を切ったままで何か呟いた。

 直後、彼女の周りに紫色の粒子が集まり始める。

 暗幕はこの間にどんどん天井に吸い寄せられていく。

 そして、曲の方もそろそろイントロが終わるころだ。つまり、志藤さんの歌うパートがやってくる。


 そのときがやってくると、彼女は大きく息を吸い、


「《――――――――♪♪》」


 いつか屋上で聞いた、その透き通るような声で歌いだした。


 彼女が歌いだした瞬間、またさらに会場の歓声が大きくなる。一瞬で彼女の歌は、この体育館にいる観客全員の心を鷲掴みにした。

 キーボードを弾きながら、俺もまた彼女の歌に聞き入っていた。

 言葉の一つ一つに思いをのせるように丁寧に、それでいて聴衆の心を突き動かすように力強く。あのときと同じように、俺はただ彼女の歌う様子に魅了されていた。

 しかし、今回の目玉は彼女の歌だけではない。


「うわっ、あたりが急に……」

「なんだこれっ⁈」


 大量の紫色の粒子が体育館全体を覆う。

 粒子は舞台、観客を自由に行き交い、まるで生き物のように動き回る。

 同時に、俺たちがいたはずの体育館はその存在が薄れていく。


「おい、バスケゴールがっ」

「うわ、海が見えてきた」


 観客の方からたびたび驚きの声を上がる。

 LED電球が輝く天井は、漆黒の夜空に。木目模様の床はそんな夜空を反射する海面に。そして、コンクリートや防音素材で作られた周囲の武骨な壁は、ネオンやビル明かりが輝く街並みに。

 Aパートが終わりに近づく頃には、完全に体育館の面影がなくなっていた。

 代わりに顕れるのは、世界三大夜景とも評される港。

 そこで俺たちは演奏をしていた。


「これが魔法っ⁈」

「きれー」


 志藤さんは紫色の粒子をその身に纏わせながら、言葉をメロディーにのせていく。

 観客のみんなが彼女の魔導に驚きつつも、その幻想的な雰囲気にすっかり酔いしれていた。


 そんな驚きや興奮が入り混じる観客席の声を聴きながら、俺は数週間前のことを考えていた。

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