第73話
「さて、どこにしようか……」
出店を歩いて見ていると、あるお店で志藤さんの歩みが止まった。
歩みを止めた彼女はそのお店の商品をじっと見つめている。
「……」
そこは、クレープのお店だった。
「ここにする?」
「えっ、でも、お昼ごはんっぽくないわよ?」
「まあ、他にもまた食べればいいし、志藤さんはここのクレープが食べたいんでしょ?」
「そ、それはそうだけれど……」
「じゃあ、ここにしようよ。すみませーん」
俺は店番をしていた女子生徒に声をかける。
「ご注文は何になさいますか?」
「バナナチョコクレープを一つお願いします。志藤さんはどうする?」
「わ、私はイチゴクレープをお願いするわ」
「は~い。わかりました。少々お待ちくださいね~」
しばらくして店員さんからチョコバナナクレープとイチゴクレープが渡された。
俺と志藤さんはそれぞれ自分の注文したクレープを受け取る。ちなみに、俺がチョコバナナクレープを頼んだのは、販売しているメニューの中で一番満腹感が得られそうだったからだ。
クレープを受け取ると、俺たちは飲食用スペースまで移動し、そこにあった席に腰を掛けた。
「それじゃ、いただきます」
俺は先ほど注文したクレープを頬張る。
「……ん、おいしい」
文化祭の模擬店で出すクレープにしてはなかなかの味だった。
少し食べるとふと俺は視線を感じた。
顔を上げると、志藤さんがじっと俺のクレープを見ている。
「えーっと、もしかして欲しいの?」
「えっ、あっ、ごめんなさいっ」
俺に指摘されてようやく、見ていたことに気が付いたのか、志藤さんはぶんぶんと首を振る。
しかし、すぐにまたじっと俺の手にするクレープに視線がいっていた。
うん、志藤さんって嘘をつくのが苦手な人だよな……
「はい」
俺は志藤さんの前にクレープを差し出す。
「えっ」
志藤さんは突然差し出されたクレープに戸惑っていた。
「なんか物欲しそうに見つめているから。なんなら一口どうかなって」
「そ、そんなこと……、一口だけいいかしら?」
「あはは。はい」
俺は彼女が食べやすいように、彼女の口元までクレープを運んだ。
「えっ⁈」
「ん?」
俺は彼女が驚いている意味が分からなかった。
「こ、これって……」
「えーっと、どうかした?」
「な、なんでもないわっ」
彼女は戸惑いながらもやがて意を決し、ぱくっと俺が差し出したクレープにかぶりつく。
かぶりついた後はその小さな口をもくもくと動かし、まるで小動物のように可愛く咀嚼する。若干視線を斜め下に落としているが、その顔はみるみるうちに赤くなっているようだった。
食べているところを見られるのがそんなに恥ずかしいのかな、と疑問に思っていると、
「あー、あそこの二人、あーんってしてる~。かわい~」
近くからそんな声が聞こえてきた。
その声で俺は自分がしてしまったことに気が付く。一度気が付くと、自分の顔が急激に熱くなっていくのがわかった。
「あっ、ごめんっ。その、こういうの、ゆめ相手に何回もしたことがあったから気が付かなくて……」
「もう、いいわよ。…… ……ばか」
志藤さんは顔を赤くしたまま、そう呟いた。
そして、俺たちは互いに照れながらクレープを食べた後、お化け屋敷や縁日といった文化祭定番の出し物を見て回ったのだった。
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