第69話★

「で、突然昂輝の家に呼び出してなんなんだよ?」


 座布団に腰かけると、遼が尋ねてきた。

 翌日、俺は放課後に文化祭のことで話したいことがあると言って、遼たちにうちに来てもらった。今は、遼や七海そして牧原さんをうちの客間に案内している。

「文化祭のことだよね? もしかして、当日の曲とか?」

 牧原さんは小首を傾げた。

 俺は苦笑いする。

「ごめん。今日は、曲のことで集まってもらったわけじゃないんだ」

「えっ、それじゃあ、本当にどうしたの?」

 曲のことでもないとなり、みんなは一層、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 俺は志藤さんの目を見た。

 本当にこれでいいのかと視線で問いかける。

 これ以上進めば、もう元には戻れない。

 最後に彼女の意思を確認しておきたかった。

 そんな無言の問いに対して、彼女は小さく、でも力強く頷く。彼女の心は決まっているようだ。

 俺は軽く息を吐いて、気持ちを落ち着けてから口を開いた。

「えーっと、本題を話す前に、まずはこれを見てくれないか」

「「「??」」」

 俺の言葉を合図に志藤さんが立ち上がる。

 彼女は静かに机を挟んで遼たちの前に移動する。

 そして―――――、


 「【接続コネクト】」


 その瞬間、志藤さんの周りに紫色の粒子が集まり始めた。

 遼と七海は、その幻想的な光景に「えっ」と我が目を疑い、七海は何も言わずただ志藤さんをじっと見つめている。


「《トッタンパッタン――――差し出すのは我が白羽、差し出すのは我が想いこころ》」


 彼女の透き通るような声が客間内に響く。


「《トッタンパッタン――――草木も眠る闇夜にて、我は愚直に織り続ける》」


 言葉が紡がれるにつれ、彼女はより多くの粒子に覆われていく。


「《トッタンパッタン――――恩人のあなたに、愛するあなたに》」


 しかし、彼女は自分にみんなの視線が注がれていることにも、自身に粒子が集まっていることにも気に留めず、目を閉じ、ただひたすら詠唱する。


「《―――――トッタンパッタン》」


 最後の節が終わると、もうそこには志藤綾女の姿はなかった。彼女の代わりにそこに立っていたのは桂昂輝。

 もちろん、俺がその場所に移動したわけではない。俺はもといた場所から動いていない。つまり今、桂昂輝がこの客間に二人存在していた。

「か、桂くんが二人…?」

「ど、どういうことだ……?」

 遼たちは目の前の状況を理解できていないようだった。

「私は本当の桂くんではないわ。私は志藤綾女よ。桂くんに化けているだけ」

 俺ではない桂昂輝が口を開く。そう、この桂昂輝は志藤さんが変身した姿だ。

 以前、生徒会長選挙に立候補した龍泉寺翔の悪事を暴くために、志藤さんが彼に変身した時と同じ魔導を使ってもらっている。

 少しして、志藤さんが変身を解除する。すると、さっきの桂昂輝は志藤さんの姿に戻った。

 やがて、志藤さんはその場に正座する。

「みんなには隠していたけど、私、……魔法使いなの。そして、さっき私が使ったのが魔法」

「と、ということは、あやちゃんのあの噂は本当だったってこと?」

 あの噂というのは、志藤さんとまだ仲良くなっていないときに遼から教えてもらった、志藤さんは魔法使いであるという内容のものだ。

「ええ、そうなるわね。今まで黙っていてごめんなさい」

 志藤さんは頭を下げる。

 すると、牧原さんが頭を下げて謝る志藤さんに慌てた。

「あ、謝らなくていいよ。ただ驚いただけで……」

「そんな不思議な力、簡単に他人に言えるようなことでもないしな」

 だから志藤さんが謝る必要はない、と遼は続けた。

「えーっと……、やっぱり友愛たちはこの力、怖いと思うかしら?」

 志藤さんの目が下を向く。

 遼たちは互いに顔を見合わせた。

 そして、


「う、ううん、全然怖くないよ」

「魔法が使えても志藤さんは志藤さんだし」

「むしろ、本当のことを言ってくれて嬉しいって感じかな」

 牧原さん、遼、七海の全員が志藤さんの不安を否定した。

「ほ、ほんとう……?」

 志藤さんは不安そうに落としていた視線をあげる。

 すると、みんな笑って首を縦に振った。

 途端に志藤さんの顔に安堵の表情が浮かぶ。

 遼たちはいきなりこんな奇妙な現象を見せられたにも関わらず、彼女をすんなりと受け入れてくれた。たぶん、志藤さんが友達だからとかいう、それだけの理由で。

 この時、俺はそんな遼たちに心の底から感謝した。


 俺が心の中で遼たちにお礼を言っていると、遼が志藤さんに一つお願いをした。

「で、志藤さん、ちょっとお願いがあるんだけど、もう一度昂輝に変身してくんない?」

「えっ、別に構わないけれど……」

 首を傾げながらも詠唱をし、再度俺の姿に変身する志藤さん。

 相変わらずその姿は俺にそっくりだ。

「こ、こんな感じかしら……?」

 志藤さんが尋ねると、遼たちが肩をプルプルと震わせていた。

「ど、どうかしたの?」

「ご、ごめん……、その声で、その話し方されると面白くって……」

 必死に笑いをこらえる遼たち。

 この魔導は変身相手の声も真似ることができる。そして今、志藤さんは普段通りの話し方をしているわけで……

 つまり、俺が志藤さんの話し方をしているようにしか聞こえないのだ。

 おそらく、遼たちはこのおかしな桂昂輝を見たくて、志藤さんにもう一度魔導を使うようお願いしたのだろう。

 俺はこのとき思った。


 ―――――――やっぱり、遼たちに感謝したのは間違いだったのかもしれない、と。

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