第68話★
少しして、スマホを操作していた母さんの手が止まる。どうやら、スケジュールの調整が全て終わったようだ。
「ふ~、これで綾女ちゃんのコスプレ姿を見ることができるわ」
「あはは、それは良かったね。あっ、あと、有志企画として学生ライブをすることになったよ」
そう言って俺は、七海が今日の昼に見せてきたチラシを取り出した。
母さんはそのチラシを覗き込む。
「へ~、ライブかぁ。なんだか青春って感じがするわね」
「咲希さんも文化祭でライブとかされていたんですか?」
志藤さんがようやく思考を取り戻したらしい。母さんの昔のことを尋ねる。
「もちろんやったわよ~。母さんはこうくんと同じキーボードをやっていたわ」
「あっ、そういえば桂くんがピアノを弾けることが驚きでした。正直言って、桂くん、何か楽器をやっているイメージがなかったので」
「あぁ、それね。こうくんは七歳ごろからピアノを始めたのよ。たしか中学二年生頃までやってたかな」
たしかに七歳ごろから母さんに勧められてピアノを始めだしたことを覚えている。
その頃の俺は、全てにおいてやる気がなかった。夢中だったことがあったはずなのだが、それを突然取り上げられたようで、常に無気力だった。そんなときに母さんがピアノを勧めてくれた。
俺も実際にやってみると楽しくて、本格的に習い始めた記憶がある。
「ま、でもおかげさまでライブも順調にできそうなんです」
「それは良かったわねぇ。母さんもそのライブは見に行くわ。っと、このライブ、綾女ちゃんが歌うんだ」
母さんはボーカルが志藤綾女となっていることに気が付いた。
「は、はい、私が中学時代に合唱部に所属していることもあったので、ボーカルになりました」
志藤さんは少し照れながら話す。
「うんうん、いいわねぇ。あっ、そういうことなら綾女ちゃん、ライブ中に魔導を使って演出してみる? 綾女ちゃんは幻想系の魔導が得意だから面白いと思うわよ~」
「「えっ⁈」」
何気なしに提案をする母さん。
しかし、俺たちはそんな母さんの言葉に目を見開いた。
「ん、あれ、どうしたの?」
母さんは、何に俺たちが驚いているのかわからないって感じだ。
「いや、いくらなんでも、魔導師が周囲にいないこの地域でやるのは、学園の生徒を怖がらせてしまうんじゃ……」
俺たちが以前住んでいた地域はともかく、この辺りには魔導師がいない。学園の生徒は魔導を見たことなんてないはずだ。
魔導を披露することで騒ぎになる可能性がある。
「もう、こうくんは心配性ね。一応、魔導師の存在は認知されているんだし、事前に告知しておけば大丈夫よ。母さんも昔、文化祭で披露したもの」
俺の不安に対して、母さんはあっけらかんとしていた。
たしかに母さんの言う通り、魔導自体が世間一般に知られていないわけではない。
事前に告知しておけば、文化祭で披露しても騒動にはならないだろう。
むしろ、珍しい魔導を見られるということで、より多くの生徒が見に来てくれるかもしれない。
そう考えると、ライブ中に魔導を使ってみるというのはとても面白いアイデアなのではないかと思った。
しかし、このアイデアには他にも問題点がある。
俺は視界の端で志藤さんを映した。
彼女はわずかに肩を震わせていた。
俺はもう一度、母さんを見つめる。
「でもそれって、志藤さんが魔導師であることを公言するってことだよね? それに、友達にもそのことを前もって話さないといけない」
「ええ、そうなるわね」
そのとき、志藤さんの体が大きく震えたのがわかった。
彼女は自分が魔導師であると打ち明けることをとても不安に感じているはずだ。
彼女は魔導を使ったことで友達を怖がらせてしまった過去がある。自分がそんな不思議な力を持っていると言えば、その友達と同様、これまでで仲良くなった七海たちが自分から離れていくのではないか、と思ってしまうのも無理はない。
すると、母さんは優しく微笑んだ。
「綾女ちゃんのこと、みんなに話してみたら?」
「そ、それは……」
志藤さんが視線をさまよわせた。
母さんはじっと志藤さんを見つめる。
「綾女ちゃん、昔、魔導で嫌なことがあったでしょ?」
「えっ、なんで……」
志藤さんが目を見張る。母さんに志藤さんの中学時代のことは伝えていない。せいぜい、中学時代に突然魔導が使えるようになったという程度だ。
しかし、母さんは静かに首を振った。
「わかるわよ、そんなの。普段の綾女ちゃんを見てればね。綾女ちゃん、魔導を使うときに顔が強張っているもの。最初は慣れていないだけかなとも思っていたけど、それもなんか違う気がする。そこで、魔導に対するトラウマ的なものがあるんじゃないかって思ったの」
「……」
志藤さんは俯いたまま顔を上げない。
そして、母さんはそのまま言葉を続けた。
「でね、今回のライブはそんな綾女ちゃんのトラウマを払拭できるチャンスじゃないかなって思ったの。綾女ちゃんのことをみんなに話して受け入れてもらえたら、ライブ当日に魔導が成功したら、きっと綾女ちゃんは過去を克服して、魔導を好きになってくれるんじゃないかって」
志藤さんは一度中学時代に魔導の暴走によって友達を傷つけている。それが彼女のトラウマなのだ。
彼女は、いまだ魔導が怖いもの、制御しないといけないもの、と思っているはずだ。
しかし、魔導師たる母さんとしては、魔導の楽しさを志藤さんに知ってもらいたいし、そんな魔導を使う自分を好きになってほしいのだろう。
俺は魔力を持っていないけれど、そんな母さんの思いを痛いほどよく理解することができた。
それに、平然と俺や志藤さんを受け入れてくれたあの遼たちのことだ。いまさら魔導を見たところで、志藤さんを拒絶するようにも思えない。
俺は、遼たちを信じていた。
だから、志藤さんにも遼たちを信じてほしい、そして、魔導を好きになってほしい、そう強く思った。
俺は俯いたままの志藤さんの手をそっと握る。
彼女はハッとこちらを見た。
俺はこくりと頷く。
遼たちなら大丈夫だと。志藤さんが魔導師だと知ったとしても、決して離れて行くことはない、と彼女に伝えたかった。
すると、俺の思いが伝わったのだろうか。彼女がキュッと手を握り返してくれたのが分かった。
そして、
「わかりました。一度、みんなに話してみることにします」
志藤さんはまっすぐ母さんを見据えて言った。
母さんはその途端、にっこりと笑う。
「うん、頑張ってね」
そうして、俺たちは明日遼たちにこのことを相談しようと決めたのだった。
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