第61話★
水曜日の昼休み。俺と櫻木さんは放送部のスタジオに来ていた。
星華学園の放送部には、スタジオ用の部屋が与えられている。今日はそのスタジオで生徒会長候補同士の討論が撮影され、それが学園中に生配信されるのだ。
投票日前日の討論会。生徒たちの視聴率も高く、この討論会を見て投票先を決める生徒も多い。投票日前の最後かつ最大のアピールの場だ。
「櫻木さん、緊張してる?」
俺は隣の櫻木さんへ顔を向ける。
俺の問いかけに櫻木さんは自信ありげにほほ笑んだ。
「ご心配、ありがとうございます。でも、大丈夫です。なんたって桂くんがそばにいてくれるんですから」
そんなこと言われると思わず勘違いをしそうになるので困るのだが、リラックスをしているようで安心した。
ちなみに、俺は、櫻木さんが他の候補者と討論をしている間、彼女の補佐として隣で待機することになっている。他候補の補佐も同様だ。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!」
そうして、俺たちは勝負の場となるスタジオに足を踏み入れた。
―――――――♪
軽快な音楽とともに討論会が始まる。
「えー、いよいよ始まりました。第四十一回生徒会長選挙直前討論会。まずは各候補の自己紹介から。右から―――――」
司会者が各候補について紹介する。とはいっても紹介されるのは、候補者の名前とクラスぐらい。そのため、司会者による紹介はすぐに終わった。
「―――――です。はい、それではさっそく、討論を始めていただきましょう。最初は、各候補の政策についてです。まず、龍泉寺候補からお願いします」
司会者に促された龍泉寺が机上のマイクを手に取る。
「えー、僕の考える政策は部活動の強化です。唐突ですが、みなさんはこの学園のことが好きでしょうか。僕は好きです。しかし、みなさんも往々にして感じられるように、この学園は他の学校と比べて特筆すべき点がない。他数多の学校に埋もれてしまっているのです。では、なぜ今そんなことになっているのか。僕は、今までの生徒会が何も新たな試みをしてこなかったことにあると考えます」
龍泉寺は自信満々に自身の政策を語り始める。
「たしかに、新しいことを始めるのは勇気がいることでしょう。もしかしたら、失敗をするかもしれません。しかし、そんなことに怯えていては、現状を変えることはできないのです。そこで僕は、この学園を内外ともに最高の学園へとするため、今までの学園運営を見直し、どんどん新しいことに挑戦していこうと考えています」
やはり彼もこの討論会に向けて相当に練習をしてきているのだろう。その言葉を一字一句大切にしながら、抑揚をつけて、全校生徒の心を揺さぶるように言葉を並べていく。
気に食わない相手とはいえ、この彼の答弁には脱帽するしかない。
「そして、その変革の最初が部活動の強化です。具体的には、今ある部活動の統廃合と統廃合後の各部の部費増額を考えています。現在、学園には数多の部がありますが、その中には活動実績が怪しいもの、部員がかなり少数なものがいくつもあります。僕はそのような部については、他の部と統合するか、若しくは廃部にすべきだと考えています。これにより、統廃合後の各部には今までよりも増額して部費を支出することが可能になり、各部はさらに設備などにお金をかけることができるようになります。部の環境を整備することによる部活動の強化、それが僕の政策です」
すべて話し終えると、龍泉寺はマイクを机上に置いた。
「龍泉寺候補、ありがとうございます。それでは他の候補で先の発言について、意見や質問がある方は挙手をお願いします」
すると、櫻木さんがすっと手を挙げる。
「はい、櫻木候補」
「龍泉寺候補にお伺いしたいことがあります。先ほど、龍泉寺候補は、部の統廃合を進めるとおっしゃっていましたが、そうなると、今まで通りに部活動をすることができなくなる生徒が出てくるということですか?」
「そうですね。しかし、先ほど申し上げましたが、今ある部の中には部員が極めて少数であったり、活動実績が怪しかったりする部があります。そういった部に部費を今後も支出するのは率直に言うと無駄ですし、これでは部費を多く必要とする部に予算が十分いきわたらず、その部の停滞・衰退を招くことになります。それに、統廃合の対象となる部は小さな部ばかりですので、それによって不利益を被る生徒は少数の者に限られます」
「し、しかし、それではその生徒たちがあまりにもかわいそうです。小さな部であっても、懸命に部活動に取り組んでいる部もありますし、活動実績にしても、まだちゃんとした実績が出せてないだけで今後実績を伸ばしていく可能性があります」
その時、今まで黙っていた佐藤候補が手を挙げた。
「えー、それでは佐藤候補」
「自分としては龍泉寺候補の意見に賛成です。自分は現在、テニス部に所属しておりますが、部費が毎年足りず、遠征をいくつか断然せざるを得ない時があります。たしかに、部の統廃合によって少なからず影響を受ける生徒がいるとは思いますが、それは部活動の強化において必要経費だと考えます」
それは龍泉寺に対する援護射撃だった。櫻木さんもまさか、本来敵である他の候補が龍泉寺の肩を持つと思っていなかったのか、少し驚いているようだ。
「いやー、まさか佐藤候補にも僕の考えにご賛同いただけるとは思いませんでした。櫻木候補、もはやこれは多くの生徒も僕たちと同じように考えていると思ってよいのではありませんか?」
「それは……」
この後も櫻木さんは龍泉寺に対していくつか質問や意見を出したが、龍泉寺はそれら一つ一つに応じ、また、龍泉寺の旗色が少しでも悪そうだったら、佐藤候補が彼を擁護する発言をした。
おそらく佐藤候補には龍泉寺の息がかかっているのだろう。放送部主催の討論会では、龍泉寺が今まで使っていたような聴衆の中にサクラを紛れ込ませる手段をとることができない。立候補者と補佐以外の出演が禁止されているからだ。
しかし、逆に言えば立候補者であればサクラとして出演できるということだ。
龍泉寺はこの討論会を見越して、あらかじめ彼の味方となる佐藤候補を生徒会長選挙に立候補させていたのだろう。でないと、あそこまで絶妙に、彼に対する援護射撃を行うことはできないはずだ。相変わらず、ずる賢い。
「えー、それでの続いて櫻木候補、ご自身の政策について説明をお願いします」
ようやく櫻木さんの番が来た。
彼女はマイクを取り、俺はパネルを準備する。
「私の考える政策はより生徒にとって身近な生徒会を組織することです。私は昨年から生徒会でお仕事をさせていただきましたが、その時に感じたことがあります。それは、生徒会が生徒の代表として選ばれているにもかかわらず、生徒との距離が遠いということです。これでは、何のために生徒会が作られているのかわかりません。そこで私は、生徒会をより生徒にとって身近なものにしたいと考えています。具体的には、まず意見箱の設置。皆さんの要望やご意見をこの意見箱に入れていただき、私たちはその意見を学園運営に積極的に取り込んでいきたいと考えています」
櫻木さんが自身の政策を語り始める。
その凛とした声によって彼女の言葉が運ばれていく。
声の調子、間の空け方だけでなく、表情、身振り、今できるすべてを使って、彼女は自分の想いを生徒に訴えていく。
「そしてもう一つは、生徒会室への出入り自由化です。現在は生徒会室への出入りが生徒会所属の者に原則限られておりますが、これが生徒会と生徒との距離を作ってしまっている原因となっていると思います。そのため、私は生徒会室への出入りを自由にし、皆さんには気軽に生徒会室へと足を運んでいただきたいと思っています。以上が私の政策になります」
話し終えると、櫻木さんは机上にマイクを置いた。
悔しいが龍泉寺の語りも素晴らしいと思った。
しかし、彼女のそれはそんな龍泉寺を上回っていたと俺は感じた。
直後、龍泉寺が手を挙げる。
「……、えー、龍泉寺候補」
司会者も彼女の言葉に聞き入っていたのか、若干、反応が遅れた。
「ごほんっ、はい。櫻木候補にお伺いしたいことがあります。意見箱の設置ですが、そこに寄せられた意見はどこまで実現してもらえるのですか?」
気を取り直すように彼は一つ咳払いをして、彼女に問いかける。
「実際にどのような意見が寄せられるのか運用するまでわかりませんが、生徒会や教職員との間で話し合い、実現可能なものについては積極的に実現しようと考えております」
「つまり、全てが全ての意見が実現するわけでもないし、もしかするとほとんどの意見が実現しないこともありうるということですね」
「そうならないよう、私たちはできる限り、教職員の先生方とも掛け合ってみる所存です」
「うーん、僕ならば自分のが通るかもわからない意見箱にわざわざ意見をいれないと思いますがね。佐藤候補はどうですか?」
龍泉寺が佐藤候補に振る。マズい。佐藤候補は龍泉寺の味方だ。おそらく次は、龍泉寺を擁護する発言が来る。
「自分もそんな実効性の薄い意見箱なら設置しなくてもいいと思います」
「し、しかし……」
櫻木さんが言いよどむ。やはり、佐藤候補が龍泉寺に味方していることで自分の発言に自身が持てないようだ。
佐藤候補は櫻木さんが何か言おうとしていたにも関わらず、言葉を続けた。
「他にも、櫻木候補の政策には問題点があると自分は思います。生徒会室への出入り自由化ですが、そもそも、これを実現したところで実際に生徒が来るのですか? 櫻木候補は生徒との距離をもっと縮めたいと思っていらっしゃるようですが、ぶっちゃけて言うと、これ、あなたの自己満足ではありませんか? 本当に生徒がこれを望んでいるのですか?」
「えっ」
その瞬間、櫻木さんの顔から血の気が引いた。彼女の体がプルプルと震え始める。
日曜日に龍泉寺から言われたことを他の候補者からも言われたのだ。先日彼女を苦しめた不安が、再度彼女を襲う。
俺はそんな彼女の手をそっと握った。そして、周囲にはバレないほどの小さな声で呟く。
「櫻木さんなら大丈夫。ちゃんとそばにいるから自信をもって」
直後、櫻木さんの震えが止まった。
「ありがとうございます」
櫻木さんも周囲にはバレないほど小さな声で呟く。
そして、手を挙げ、発言をしようとしたその時―――――
ドンドンッ
放送室の扉が勢いよく叩かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます