第32話★
そして、いよいよ志藤さんが走る番になる。
『位置について……、よーい……、ドンッ』
その瞬間、みんなが飛び出す。その中でも、志藤さんはいち早く飛び出していた。
ポニーテールに結ばれた髪を風にたなびかせながら、ぐんぐんと加速し、他の追随を許さない。
白くしなやかに伸びた脚がバネのように伸びる。
もともと彼女の顔、スタイルは人目を引くものではあったが、この瞬間はさらに周囲の視線を独占していた。
集団の一番前を走り、そのままゴールする。
「志藤さんって、足が速かったんだな」
俺は隣に座っていた遼に話しかけた。
「志藤さんは午後のリレーにも出てるからな。女子の中では結構速いほうだぜ」
中学では合唱部って言っていたし、高校では特に部に入っているわけではないと聞いていたので少々意外だった。
グループの何人かが、お疲れさま~っと志藤さんを労っているのが見える。やはり、体育祭において一位というのは特別なようだ。普段は彼女を遠巻きに見ているクラスメートたちが彼女の周りに集まっている。しかし、彼女はそんな労いに対し表情一つ変えずその場を後にしていた。
相変わらず他人とは距離をとる彼女の姿に苦笑いを浮かべる。
自分とは少し話すようにはなったものの、やはりまだ他人と関わるのを躊躇しているのだろうか。
「あっ、おっしい!」
隣で遼が声を上げた。
グラウンドに目を向けると、ついさっき四レース目が終わったようだった。
ゴール付近を見たところ、白グループはどうやら良くない結果に終わったらしい。
全員がゴールをし終えると、五レース目の走者がスタートラインに並ぶ。そこには、七海の姿もある。
「あちゃー、五レース目の女子、白グループ以外、運動部ばっかりじゃん」
「これは、難しいかもね~」
どこか諦めが混じった女子生徒の声が近くから聞こえてきた。
「なあ、七海の周りが運動部ばかりらしいんだけど」
俺の問いかけに対し、遼は「ん?」と声を上げた後、七海の方へ視線を向ける。
「あー、そうだな。右隣は陸上部の短距離専門だし。そのまた右は女バスだな」
「うわっ、本当に運動部ばかりだな」
「ああ、ここまで揃うのも珍しいぞ」
「七海も運が悪いな……」
運動部に囲まれた七海の境遇に同情する。
七海は新聞部だ。このメンツの中、走るのはもはや公開処刑だろう。
「ま、結果はどうなるかわからないぜ」
隣で遼が意味深に呟いた。
「えっ」
『位置について……、よーい……』
しかし、俺の驚きは、アナウンスの声によって遮られる。
『ドンッ』
次の瞬間、あり得ない光景が飛び込んできた。
七海が一瞬で集団の前に出たのだ。
スタートを切ったのは全員がほぼ同時。しかし、七海は最初十メートルで一気にトップスピードに乗っていた。
異常といえるまでの加速の速さ。この加速により、カーブに入る前に七海は、既に他の走者と三メートルも差を開けていた。
しかも、驚くのはそれだけじゃない。
通常、トップスピードに乗るのが早いということは、減速するのも早いということになる。しかし、七海は、一向に減速する気配がなかった。当初のスピードを維持したままコースを突っ走る。そのため、最初に開けられた差は全く詰まることがないどころか、さらにその差を広げていた。
先ほど志藤さんが走っていたが、七海は志藤さんと比べてもそのフォームが綺麗なわけではない。しかし、誰一人として彼女に追いつける様子はなかった。
そして、そのまま七海は一着でゴールしてしまった。
ゴールした直後、七海は満面の笑みを浮かべながら、俺たちがいるテントに向かってⅤサインを掲げる。
「わ~、あの二年、運動部を全員置き去りにしたよ~」
「はっえ~」
「やったー、一番だー」
まさかの結果にテント中で歓声が上がる。
「……まじか」
俺も予想外の結果にあっけにとられていた。
「な、結果はどうなるかわからないだろ?」
遼が得意気に笑う。
「七海のやつ、体育祭の短距離で一回も負けたことがないんだよ。毎年あの最初の加速で他を置き去りにしてるぜ」
「いや、もうあの加速は反則っぽい気がするけど……。ていうか、あんなに速いのに、運動部には入らないのか?」
「うーん、何回かはスカウトを受けたらしいけど、運動部に入ったことはないな。あいつ、朝が弱いらしいから。ほら、運動部って朝練とかあるだろ?」
「へー、朝が弱いのか。それなら、たしかに運動部に入るのは難しそうだけど……」
そういえば、七海はいつもホームルームが始まる数分前に教室へ入ってくるし、一時間目はしばしば眠そうにしている。しかし、あれほどの身体能力を活かせないのはどこかもったいない気がした。
「遼も桂君もわたしの走り、見てくれた?」
俺と遼が話していると、後ろから七海がやってきた。どうやら、百メートル走は全て終わったらしい。
「お疲れさま。すごく速かったな」
「まあね~。今回は周りが速い人ばかりでちょっと驚いたけど」
「にしても、完全に七海の独走状態だったぞ? おかげでテント中は大騒ぎだな」
「これでグループには貢献できたかな。ふう、しばらくきゅーけいっと」
七海は自分の水筒を取り出し、ゴクゴクとその喉を潤していく。
その後、俺たちは他の競技の応援しながら過ごしていた。
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