第21話 壁の越え方は人の数だけある

「喧嘩でもしたのじゃろう? お主の顔を見ていればわかるわい」

「ラズにも言われたな」

「そうか、あやつも成長したのぅ」


 イリスの口振りから、俺の顔から感情を読み取るのは簡単ではないみたいだ。でもイリスは俺に起こった出来事さえも当てた。さすが神様は違う。


「……俺はエレナの気持が分からないんだ。みんな大変な状況で、それぞれ頑張っているのは分かっている。だけど本心はどうなのか、それをどう理解すればいいのか……エレナだから尚更慎重になってしまうんだ」

「お主はどんな時でも冷静じゃの」

「……今は冷静になる必要があるからだ。だけど、みんな焦っているように感じる。だから……どうすればいいんだろうな」

「やはり、お主は天才なのじゃな」

「天才なんて、なりたくてなった訳じゃない!」


 イリスの言葉を否定するように、勢いよく顔を上げれば、イリスは椅子から立ち上がって俺の前に立っていた。虹色の翼を広げて少しだけ俺より高く飛んで頭をポンポンと撫でられる。


「お主は周りをよく見れてしまう。人の心に寄り添ってしまう。誰よりも優しいからじゃ。それは誰もができることではない。お主はウチらの種族によく似ている……人間でもあり天使でもある。じゃから天才と言うのじゃ。じゃがな、同じ人というのはこの世界には存在しないのじゃ。じゃから、この世界で生きていくのには試練がある。のう、お主の目の前に立ちふさがる壁、その先にはなにがあると思うかの?」

「……エレナと仲直りした後ってことか?」

「お主にとって見える壁がそれなら、そうなるかのぅ」

「……いつもどおりに戻るんだと思う。いつもみたいにおにぎりを持ってきてくれて、飯も一緒に食って、他愛無い話をして笑い合って、1日が終わる。そんな日常を繰り返すんだろうな」

「そうじゃのぅ。して、この壁お主ならどう壊すかの?」


 仲直りという壁をどう越えるのか。やり方は分からない。だけど、越えるなら方法は1つだ。


「俺は、壁の1番上まで上る。その方が壊すより早い。そうすればエレナが見えるだろ? エレナは泣いているだろうからな、そしたら降りて抱きしめてやるんだ」

「なんじゃ、わかっておるではないか」

「イリスが導いてくれたからな」

「我が子のためじゃからのぅ」


 目を細めて笑うイリスは俺のために笑ってくれている。テストで満点取れた俺を褒めてくれるように喜んでいる。

 イリスに子供だと言われるとくすぐったくなってしまうな。半分は天使の血が混ざっているとはいえ、イリスを悩ませた天使病は人間がかかる病気だ。俺たちもイリス苦しませたのに、もう関係がないように俺のことを子供だと認識している。そんな笑顔を俺は照れながら見ていた。


「――っ!? なんじゃ急に話しかけおって?」

「え……?」


 急に俺から距離を取って天に向かって会話をしだすイリス。そうやって会話ができる相手は限られている。だからすぐに相手がデスなのだと俺は理解して、緊張しながら会話が終わるのを待つ。


「待っておれ―― ……お主、走れるか?」

「ああ」

「ちと急用での。ウチを見失わないようについてくるのじゃ」


 その言葉の途中でイリスは飛んで部屋から出て行く。俺はイリスを見失わないように全力で走る。さすがイリスは飛ぶのが早い。走っている内に目的地が分かって俺は足に力が入る。

 敷地内を全力で走って3分ほどで病室の前に来た。俺とイリスは1度立ち止まってからゆっくり病室に入って行く。


 棺の周りにはメルル以外が集まっていて、俺たちも棺の中を確認しに1歩、1歩進んでいく。

 心臓がドクドクとうるさい。

 棺の中から放たれる光が眩しくて、だけどしっかり見て棺の前へ立つ。

 棺の中のコフィンからは白い光が出ていた。それが棺の中に充満して棺が輝いている。

 でもコフィンの顔色が悪くて、この光が何なのかは分からないけれど、ただコフィンの容体が悪いことだけは俺にでも理解できる。


「コフィンから魂が抜けていっています」


 俺は勢いよくデスを見る。

 無表情のデスの顔を穴が開くように見つめる。

 どうしたらいいのかも、どんな感情なのかも、コフィンがどうなってしまうのかも、俺には何も分からない。

 分かりたくなんかない。

 なんとかしてくれるんじゃなかったのかと怒ってしまいたくもなる。

 自分の感情をさらけ出さないように、無表情のデスから視線を落として、眠ったままのコフィンを見つめる。

 数日前に倒れた時から体型は変わらない。ただコフィンの体から光が出てきている。それだけの変化。

 いや、それだけの変化しかできないのだろう。そして、変化してしまったら終わりへ向かう。


「……治す方法はないのか?」

「今のところは、残念ながら」


 顔を上げて見えた顔は相変わらず無表情だ。そんなデスに腹が立って、俺は勢いよく顔を逸らす。

 周りを見ても不安や悲しい顔であふれていて、このままじゃもっと悲しくなってしまうことは目に見えている。なのに俺には何もすることができない。ただコフィンの体から光が出てくることを見つめることしかできない。


 コフィンがいなくなったら、天使病の治療法を探すのが困難になるだろう。

 それ以前にコフィンは俺たちの仲間だ。

 仲間を失うのは辛い。リリィがいなくなった瞬間を俺は知らないので、実感はあとからやって来た。

 でも今まで一緒にいた存在が欠けることはやはり辛い。エレナが人間に戻らなかったらと怖くなった時のことを思い出してしまう。


 だからこそ、重く圧し掛かる辛さから脱出するべきだ。

 どうすればいい。俺になにができる。

 必死に考えながら光で満杯になりそうな棺を眺める。


「♪~~」


 どこからか聴こえた歌は、俺のこんがらがった頭をクリアにしていった。

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