第12話 あなたを信じる

 俺を見上げていたメルルは、天使のように笑って、俺と目線を合わせるように飛んだ。


「し、仕方ありませんね~。特別ですよ~。ああでも、お母様の言うことには逆らえませんからね~っ」


 俺の視線から意思が伝わったのか、メルルとラズは王宮の扉の前まで飛ぶと、扉の上の方にある鐘を鳴らした。

 鐘の音に共鳴するように扉は開いて行って、中から眩しいほどの光が溢れて夜空を照らす。

 この中にエレナがいるのだ。目をこらしながらもしっかりと中へ進んで行く。

 壁沿いに人と同じ大きさの十字架がいくつも並んでいて、中央にはそれより大きな十字架があった。

 高さのある十字架を見上げて、そこにいる人物を目にした瞬間、俺は走っていた。


「エレナッ!!」


 十字架に磔にされていたのはエレナだ。

 俺は十字架の下まで駆け寄って、エレナを助けようと手を伸ばす。

 だが、俺の手は十字架まで届かず止まる。


「なっ、なんで止める!?」


 正確には、止められた。

 リリィの大きな鎌に引っ掛けられて俺は後方にいるデスたちのもとへ運ばれた。デスが俺の腕を掴みながらエレナの十字架を観察している。


「テオさん、貴方はあれに触れないほうがいいです」

「どうしてだッ?」

「あの十字架には天使病を加速する呪い魔法がかけられています」

「だったら早くエレナを助けないと……」

「そうですね。ですから、僕たちに任せてください。呪いを解くまで『待て』ですからね」


 俺の口元に人差し指を持ってきたデスは、死神のように怖い顔をしながらエレナに視線を向ける。


「リリィとコフィンはテオさんに待てしてあげてください」

「承知です」

「うん」


 飛んで行ったデスを見送りながら、リリィとコフィンは俺の前に立った。俺が前に行かないように壁になる。


「俺もッ……」

「テオさん、『待・て』」


 待てなんかしていられなくて、デスの後を追いかけた俺の腕をコフィンは掴んだ。俺に身体を密着させて見上げてくる。

 尻尾をリードのように足に絡ませて、俺を止める。


「コフィンはね、欲を増加させるだけじゃなくて、吸収するコトだってできるんだ」


 悪魔ってのはズルい。身体も顔も近付けてそんな風に言われたら、大人しく待てをしているべきだと俺は立ち止まった。コフィンはまだ俺にくっついているが、リード替わりなのだろうか。


「テオ、デスを信じて」


 俺の隣でリリィはデスを見ながら呟いた。

 リリィはデスのことを信頼している。デスならこの状況を変えてくれるのだと、リリィのデスを見る視線で感じ取れた。

 だから俺も、デスが呪いを解いてくれると信じて見守る。


「イリスさん、久々に顔を見せてはいただけませんか?」


 デスの口調は柔らかい。

 先ほどの死神のような顔をしたままなのか、俺はデスの背中しか見えないから分からない。

 だけど、先ほどよりと纏う空気が重いのは俺でも分かる。


『なにをしに来たのじゃ』


 天井から降り注ぐように女性の声が聞こえた。


「貴方に会いに来ました。それだけではいけませんか?」


 デスは前にある壁の上空に向かって問いかける。そこに誰かいるのだろうか。


「お主、ずいぶんと悪趣味よのぅ」


 デスの見つめる上空に、お化けでも出て来たのかと思う位にゆっくりと浮かび上がったのは、子供だ。まだ学校には通えず、大人の手を必要とする年齢の子供は、大人びた様子でデスを見た。

 膝丈の白いワンピースを彩るのは虹色の長い髪。髪を上部に留めるリボンに見立てているのか、特徴的な髪型は大きなアホ毛も加えて目を惹く。もう1つ目を惹くのは虹色の天使の翼だ。その翼を広げながら降りてくる。


「随分と背が高くなったのではないか?」

「そうでしょうか? 以前お会いしてから100年ほどしか経っていませんが。それにしてもここは随分と変わりましたね」

「そうじゃろうか? 何分ウチは忙しいのでな。なのではよ用件を言ってくれぬかのぉ」

「言ったでしょう、貴方に会いに来たのだと」

「戯言に付き合っている暇などないのじゃが」

「ふふふっ、顔が見れてよかったです。イリスさん少しお手を拝借してもよろしいでしょうか?」


 デスの言葉にイリスは怪訝な顔をする。

 それもそうだと思う。デスの本心は中々言葉に出てこない。俺に対してもそうだったが、イリスへ向ける言葉の真意はどこにあるのか。


「ウチはお主の優しいそういうところが嫌いじゃ」


 でもイリスはデスの言葉を理解しているようだった。

 眉間にしわを寄せながら、イリスは背後に大きな魔法陣を出して、デスに向けて魔法を放った。

 デスの後ろにいる俺たちにも魔法が飛んでくるわけで。俺はコフィンに抱えられて空中から2人の様子を見る。リリィは俺の前で鎌を盾のように構える。


「僕もイリスさんの素直じゃないそういうところは嫌いです」


 デスも対抗して手から魔法を放つ。

 どちらかと言えばイリスの魔法を受け止めて消しているようにも見える。


「どうして今、来たのじゃ」

「虫の知らせとでも言いましょうか」

「悪いのぅ、お主のやることは何もないのじゃよ」

「そうでしょうか? 僕にはまだ貴方を見る目がありますよ」


 お互いに空中を舞い、四方に魔法が飛んでいく。

 俺たちは当たらないように物陰に隠れて様子を伺う。遠くでメルルとラズも隠れているの見えた。

 魔法は絶えず飛び続けている。これはあれか、喧嘩でもしているのか。

 そんなことをしている間にもエレナの天使病は進んでいるというのに。


「あ、テオさん! ダメだよっ!」


 俺はコフィンの隙を見て柱の陰から飛び出す。

 魔法の光があちらこちらにあって眩しい。だけど怯んでいる暇はない。


「おいお前ら、いい加減にしろよッ!」


 空中に浮かぶデスとイリスの真下に立って、俺は叫ぶ。

 2人の視線が俺に向いて、2人とも同時に目を見開いた。


「お主……なんじゃ……人間、か? いや……違う……我が子は、そんなこと……」


 明らかにイリスの様子がおかしくなっていく。


「イリスさん、僕を見てください! 僕が何かは分るでしょう?」


 デスは慌ててイリスに駆け寄って、混乱して暴れ始めるイリスの両手を掴んで止めようとしている。


「お主は……何なのじゃ……?」


 見たこともないものを見るような虹色の瞳は、俺に向いているけれど、俺を見ていなかった。

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