6-11 偏愛

 詮充郎せんじゅうろうは一つ息を吐いた後、怒りを湛えたまま静かに口を開く。他の者はただそのしわがれたか細い声に意識を向けていた。

 

「私は偉大なる陰陽師、銀騎しらき朝詮ちょうぜんの血を引く一族の嫡男として生まれたが、呪力をほとんど持っていなかった。私の父はそれに失望し、私には見向きもせずにぬえばかりを追っていた」

 

 それはまるで自らを省みる独白のように淡々と続けられた。

 

「銀騎家では呪力を持たない人間がどうなるか──例外なく放逐される。故に私の母も、呪力を持たない子を産んだ罪で追放された。

 だが、私はただ一人の嫡子であったため、辛うじて追放は免れた。それでも銀騎の家に居場所などない。

 自室に籠って鵺に関する文献を読み漁り、呪力がないなら科学的なアプローチはできないかと勉強を続ける日々だった」

 

 だから科学にこだわってここまでの施設を持つまでになったのか。はるかは詮充郎の病的なまでの鵺への科学的執着の根拠がわかった気がした。

 

「年頃になって、一族の中から優秀な娘が選ばれ婚姻させられた。──そこからが真の地獄の始まりだった」

 

 一瞬だけ声音が柔らかくなったが、詮充郎はさらに憎しみをこめて語る。

 

「妻は、心の優しい女だった。こんな私にも甲斐甲斐しく尽くしてくれた。だが一族の長老達は人を人とも思わない命令を私達夫婦に下した」

 

 そう語ってからようやく周りの人間に気づいたように、視線を永達に向けて詮充郎は言う。

 

「まだ子どものお前達にはわからないだろう。妻に一族から優秀な男を与えるから、その子どもを次期当主として養育しろと言われた私の屈辱が!!」

 

「──!」

 

 地獄、と言われたその意味を噛み締めて星弥は思わず口元を覆う。皓矢こうやも顔をいっそう曇らせて聞いていた。

 

「私はそれを断固拒否し続けた。そんなことになれば、その子どもが当主になる頃には、私は銀騎から追い出される。

 偉大なる陰陽師・銀騎朝詮の血を最も濃く受け継いでいるのは私なのだ!たとえ呪力が表に出なくとも、血は、血は嘘をつかない!

 私は遂に妻と実子をもうけることに成功した。その子がなんの力も持っていなかったら、親子三人死ぬ覚悟でな」

 

 椅子に座ることもせずに、一人芝居を演じるように語る詮充郎は次第に目を血走らせ息を荒げて叫ぶ。

 

「──私は賭けに勝った!息子の紘太郎ひろたろうは生まれてすぐに類稀なる能力を一族に示し、開祖以来の天才と謳われた!

 紘太郎を次期当主として育てることで、私は中継ぎながらも銀騎の当主になった!だが、妻は長く生きられなかった……」

 

 語尾を弱めた後、詮充郎はまた穏やかな顔を取り戻す。

 

「あの子は──紘太郎は妻によく似た優しい子でな。私のことも慕ってくれ、科学者としての私の仕事も覚えると言ってくれた。

 そこから私達親子は二人三脚、私は科学方面から、息子は陰陽術方面から鵺の研究を進めていった。ツチノコというキクレー因子を持つ新しい生命体を発見し、私達親子はまた鵺に一歩近づいた」

 

 穏やかな様子も束の間で、また思い出したように詮充郎は憎しみを吐露する。

 

「だが、その矢先に分家の分際で御堂みどうが裏切った。その裏にはお前達がいたな」

 

「前回の転生のことだな」

 

 視線を向けられた永が答えると、永に向けて指差しながら詮充郎は言う。

 

「私達親子は鵺に肉薄しながらも勝てなかった。紘太郎は重傷を負った。鵺と相打ちになったお前たちの亡骸を見て思ったよ。せめてこいつらの遺体は絶対に保存して隈なく研究し尽くしてやると!

 だが、それも半分は叶わなかった。死んだと思っていたリンが息を吹き返したことでな」

 

「──!」

 

 もたらされた事実に永が衝撃を受ける。その様を気にも止めず詮充郎は続けた。

 

「あの娘は私に取引きを持ちかけた。ハルとライはこのまま転生させろ、その代わり自分の身体を差し出すと」

 

「な──」

 

「私としてはとても美味しい話だったよ。生きた因子持ちのサンプルが手に入るのだから。だが、よく見ればリンも一時的に生き返っただけで、瀕死の状態だった」

 

 ここまで語った後、永に向けられていた視線をふと鈴心に移して、詮充郎は呟くように言う。

 

「心配するな、私は約束は守る」

 

「え?」

 

 永がつられて鈴心すずねを見れば、とても青白い顔で自らを抱き締めるような格好で何かに耐えているように見えた。

 だが、詮充郎が間髪入れずにまた話し始めたのでそちらに意識を集中させるしかなかった。

 

「そこで構想中だった試験管ベビーの研究を思い出した。死にゆくリンの魂を保存しておいて、実験用の卵子に憑依させリンの生まれ変わりを我が手中に収めることにした」

 

「そんなことが本当に可能だったのか?」

 

 事前に説明はされていたが、永はまだ半信半疑だった。リンの魂を受精卵に憑依させるなど、そんな冒涜的なことができてたまるかと思ってもいた。だが、詮充郎は得意げに両手を広げて大仰に言う。

 

「我が息子紘太郎にかかれば可能なのだよ!紘太郎はすぐにリンの魂を抜き、一先ず家宝の幽爪珠ゆうそうじゅに格納した。それから幽爪珠から魂を卵子に移す術式を私に託して、力尽きて死んだ」

 

「お父様は、その時に亡くなっていた──」

 

 銀騎紘太郎の死の真実を知り、星弥せいやは絶句する。詮充郎は明確な年代を言わないが、少なくとも十六年以上は前だろう。ならば自分はどうやって生まれたのかを考えた。

 皓矢にその答えを求めたが、兄は何も言わずに星弥の手を優しく握る。詮充郎の嘆きの言葉はその間も続いていた。

 

「可哀想な紘太郎よ。お前達の争いに巻き込まれて、志半ばで逝ってしまった。よいか?ウラノス計画は紘太郎の研究なのだ!私はそれを何としても完成させなければならん!」

 

「ふざけるなよ、黙って聞いてれば図々しい!そんなのは逆恨みじゃないか!おれ達の運命にお前らが横槍をいれなければ、お前の息子は死ななかった!」

 

 永の怒りにも詮充郎はそれを上回る剣幕で叫ぶ。

 

「黙れ!全ては鵺を手に入れる、開祖以来の目的のためだ!私達親子だけじゃない、先代も先々代も、そのまた先祖──銀騎家の悲願なのだ!」

 

「勝手に人の運命を横から掻っ攫おうとするからこんなことになるんだ!絶対に許さない!」

 

 ずっと、銀騎からの横槍が邪魔だった。彼らがいなければもっと早く鵺の呪いを解明できたかもしれない。

 

 詮充郎にいたっては、その若き頃から何度も苦しめられた。永が怒りそのままをぶつけると、詮充郎は開き直るように胸を張って言った。

 

「もちろんだとも。許しを請おうとは思わない。だが、紘太郎には謝れ!お前達に翻弄された挙句に死んでいったのだから!」

 

 盲目なまでの息子への偏愛。

 それに支配されている不様な老体に、蕾生らいおが静かに怒りを押し殺して言う。

 

「爺さん、息子の命を弄んだのはあんたの方だろ」

 

「──何?」

 

「あんたが味わった屈辱は確かに酷いと思う。でも、生まれた子どもが力を持ってなかったら死ぬつもりだった?──息子の命をあんたは何だと思ってるんだ!」

 

「私はそれで今の地位にいる。あの時の選択を後悔などしておらん!」

 

 譲るはずもない詮充郎の物言いに、蕾生もとうとう怒りのままに怒鳴った。

 

「だからあんたはまた繰り返すんだ!孫の命をまた弄んだ!銀騎に言った言葉を俺は許さない!」

 

「蕾生くん……」

 

 星弥は蕾生を尊敬した。彼は自分が受けたことで怒っているのではない。常に誰かの為に怒り、誰かの為に戦っている。だからこそ彼は鵺の依代として選ばれたし、遂にはそれを乗り越えるに至ったのかもしれないと思った。

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