第5話 黒い噂と孫の不安

「なんにしろ、胡散臭いってことだな?」

 

 とどめに蕾生らいおが身も蓋もない一言でまとめた。

 

「まあ、学術的に認められてはいるけど、非公開な部分が多過ぎるからねえ。そういう黒い噂が絶えないんだよ、銀騎しらき研究所ってのはさ」

 

「でも兄さんが副所長になってから、ちょっとは世間に歩み寄ってるんだよ? 企業とコラボしてドレッシング作ったり、この前の見学会だって怪しい研究所ではありませんって言う宣伝だし……」

 

「そういうのって、逆に後ろ暗いことを隠蔽したいからに見えるけどね」

 

「むー」

 

 星弥せいやが入れたフォローを永が一蹴すると、今度は少し不機嫌になってはるかを睨んだ。

 

「おっとごめん。君はジイさんの悪口は聞き逃すのに、アニキの悪口は我慢できないんだね?」

 

 永が揶揄い口調でそう言うと、星弥は不貞腐れながらブツブツと言う。

 

「う……だってわたしお祖父様には可愛がられてないから」

 

「ふーん、なんとなく君を通しただけでも銀騎一族の関係性がわかるね。今日はそれだけでも収穫があったかも」

 

「それはようございました!」

 

 星弥がプイとそっぽを向くと同時に、永は立ち上がった。

 

「じゃあ、そろそろおいとましよっか、ライくん」

 

「いいのか? 鈴心すずねは結局来なかったけど」

 

「もう夕方だし、女の子の家に長居は禁物。来週も来てもいいでしょ?」

 

 永は有無を言わさない雰囲気で星弥に確認をとる。

 

「もちろん」

 

「じゃあ、今日はいろいろアリガト」

 

 そうして今日は鈴心の顔を見ることもできないまま、屋敷を去ることになった。蕾生は肝心の鈴心と接触できなかったので少し消化不良な思いだった。

 来週は会うことができるのだろうか。来週がだめならその次は?そんな想像をしていると、だんだんと鈴心に対して腹が立ってくる。

 

 玄関を出たところで、永が空を仰ぎ後ろを向いて何かを見ていた。

 

「──」

 

「あっ、すず──」

 

 つられて蕾生も同じ方向を見ると、二階の出窓、そのカーテンの奥からこちらを覗く鈴心の姿が見えた。蕾生は思わず大きな声で呼びかけようとしたが、永に無言で制された。

 そうしてにっこり笑って鈴心に永は手を振る。

 鈴心は慌ててカーテンを閉めてしまった。

 

「──帰ろ」

 

「いいのか?」

 

「うん、顔が見れたから」

 

 満足気に薄く笑って永は屋敷を後にする。その健気な態度に蕾生は胸が締めつけられる思いだった。


 


 

◆ ◆ ◆


 

「……」

 

 永が遠ざかった後、鈴心は暗い部屋の中で大きく息を吐く。

 

「来なくて良かったの?」

 

「──星弥! ノックぐらいしてください!」

 

 あまり隙を見せない鈴心だが、星弥の存在に心底驚いたようで珍しく声を張った。

 

「ごめんね、ちょうど二人が帰ったから窓からでも見送ったらどうかと思って急いできたから」

 

「……」

 

「でもそれには及ばなかったね」

 

 星弥が笑いかけると、鈴心は罰が悪そうに両手を後ろで組んでボソリと言った。

 

「今日は何の話をしたんですか」

 

「えへへー、内緒!」

 

「…………」

 

 鈴心は得意の猛禽類睨みをきかせるが、何度もやっているので星弥にはあまり効き目がない。

 

「知りたかったら降りておいでよ、来週も来るから」

 

「まだ来ると?」

 

「すずちゃんが降りてくるまで諦めないと思うよ。あ、来週はお部屋の前で三人で踊ろうか?」

 

 言いながらコミカルな動きで星弥は鈴心を挑発する。だが鈴心も頑なな態度を崩さなかった。

 

「そんなことしたら絶対開けませんから」

 

 拒絶しているように見えて鈴心の言葉には微な希望が読み取れる。きっと意識してのことではないのだろう。その小さな小さな穴を穿つことができるか、彼らのお手並みを拝見しようと星弥はまた来週を心待ちにするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る