第4話 キクレー因子

「特に関心があるのは、ツチノコとキクレー因子、かな。兄さんにもたまに聞くみたいなんだけど、うまくはぐらかされるって」

 

「キクレー因子、ね」

 

 はるかがその言葉を繰り返すとともに指で机をトントンと叩いた。何かひっかかるものがあるらしいが、蕾生らいおにはさっぱりわからないので素直に質問してみる。

 

「なんだよ、それ?」

 

銀騎しらき詮充郎せんじゅうろうがだいぶ前に、空想の生物だと思われてたツチノコを発見して、生体を研究し、新種の生物として登録したって話はしたよね」

 

「その話なら耳タコだ」

 

「そのツチノコだけが持ってる遺伝子の特殊な配列がある。それを銀騎詮充郎はキクレー因子と名付けた」

 

「へえ」

 

 まるで初めて聞くみたいな態度の蕾生に、永は肩を落としながら言った。

 

「ちょっと! この前の見学会で銀騎しらき皓矢こうやが説明したでしょ?」

 

「そうだったか? まあ、なんか聞いたことあるなとは思ったけど」

 

 蕾生の反応に少し呆れつつ、それでも永は丁寧に説明した。

 

「うんうん、ライくんはそんなもんだろうねえ。でね、キクレー因子がツチノコの体にどんな影響を与えてるのか、他にもこれを持つ新生物がいるかも、っていうのが今の銀騎詮充郎の研究なわけ」

 

「その研究は進んでるのか?」

 

「それが進捗とかは一切公表されてないんだよねえ。ツチノコの時もそれまで何を研究してたか謎の博士がいきなり発表したから世界がビックリしたらしいよ。『銀騎詮充郎? 誰?』って!」

 

 少し大袈裟な言い方だったが、星弥せいやもそれに概ね賛成して話を続ける。

 

「そう、すずちゃんも研究がどこまで進んでるのかを知りたがってた。だからお祖父様のファンだっていう周防すおうくんなら、何か噂とか知らないかなと思ったの」

 

「孫も知らないことを期待されてもねえ」

 

「じゃあ、周防くん自身はどう考えてるの?」

 

 星弥が聞くと、永は少し面倒くさそうに答える。

 

「僕? そうだなあ、銀騎詮充郎ファンのネットワークの中では、ツチノコが何故一般公開されないのかっていう考察があるにはあるけど……」

 

「そういや、リアルタイムでは見たことねえな。見つかったのって三十年も前だろ?」

 

 蕾生も記憶を探ってみる。永に見せられた当時のニュース番組などでしか覚えがないし、普段のテレビ番組でもツチノコなど見かけたことがなかった。

 

「うん。発見当初は標本として見せてたし、その姿はテレビでもかなり映ってたみたいだけど、それ以降はさっぱり銀騎詮充郎共々メディアから隠れてしまってるんだ」

 

「お祖父様ならそうなると思うな。もともとテレビとかは好きじゃないから、自分が満足に発表できた後はオファーがあっても断ると思う。そういうのに出演してると研究する時間もなくなるし」

 

 星弥の言葉に同意する形で永はさらに情報を付け足す。

 

「僕もその意見に賛成。銀騎詮充郎を知ってる人ならそう考えるけど、ただのファンはそうじゃない」

 

「と言うと?」

 

 蕾生が続きを促すので、永は興が乗り朗々と語って見せた。

 

「銀騎詮充郎は、元々はオカルトマニアしか知らないような研究者だったんだ。胡散臭いUMA研究者ってね。でもツチノコの件があって、『あの人まともな博士だったんだ』っていうのが最初のオカルト界隈の感想。オカルトファンは同時に陰謀論も大好きだからね。急にメディアに出なくなった銀騎詮充郎に対してはオカルト的、あるいは陰謀論的憶測が飛び交ってる」

 

「どんな?」

 

 蕾生が興味を示しているのが嬉しいのか、永はさらにニヤリと笑いながら続けた。

 

「例えば、ツチノコは毒を持ってるから生物兵器に転用しようとして、さらに毒性を高めたものを繁殖させてるとか。それには政府も絡んでいて、発表されている総個体数からすれば絶滅危惧種に指定されるべきなのに、そうせずに銀騎研究所が独占してるとか。酷いのになると、本当はツチノコ以外にも新生物が発見されていて、銀騎研究所はUMA動物園を作ってるとか!」

 

「──まさか」

 

 さすがに蕾生も一笑に付した。永もクスクス笑って答える。

 

「最後のはただの妄想だと思う。でもツチノコの繁殖についてはそういう論文を出したこともあるから、根も葉もない噂ってわけじゃない。ただ、僕はそのツチノコの繁殖が上手くいってないからメディアに出ないだけだと思うね。仮に成功してたら大威張りで会見とか派手にやると思うもん、あのジジイなら。虚栄心の塊だからさ、自分の功績は殊更大袈裟に発表したがるタチだから!」

 

「そうだね、否定できないのが孫としては辛いけど」

 

 星弥も苦笑しながら永の論舌を聞いていた。祖父の悪口をこれでもかと聞いた割に、星弥は怒ってはいなかった。

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