第15話 他人

 騒がしい二人が帰った後は、屋敷は元の静けさを取り戻していた。とても刺激的な一日を過ごして少し疲れを感じつつも、星弥せいや鈴心すずねの部屋を訪ねる。

 

「すずちゃん? 入ってもいい?」

 

「……どうぞ」

 

 ノックをすると小さく返事がしたので、星弥は静かに扉を開ける。

 部屋の中は真っ暗だったが、電気をつけてやるのは違う気がして、星弥は目が闇に慣れるのを待って、机に突っ伏している鈴心に近づく。

 

「大丈夫?」

 

「問題ありません」

 

 その声は微かに涙交じりだった。

 

「嘘だあ、問題ありありじゃない」

 

「いいえ、これで終わったので」

 

 それでも鈴心は強がっている。何が彼女をここまで頑なにさせているのか、星弥はその理由が本当に知りたいと思った。

 

「そんなに物分かりがいい人達なの? 九百年も一緒にいたのに?」

 

「聞いたんですか?」

 

「ちょっとだけ」

 

 星弥があえて少し笑いながら言うと、鈴心は深く溜息を吐く。

 

「そうですか……また他人を巻き込んでしまうとは……」

 

「あー、聞き捨てならないなあ。わたしは他人じゃありません!」

 

「私達三人以外は他人です」

 

「!」

 

 思わず漏れた鈴心の本音に星弥は心から驚いた。やはり痩せ我慢だったのだ。

 永と蕾生にはまだ余地があることは喜ばしいが、星弥自身のことは他人だと言われてどうしようもなく寂しくなった。

 

「……」

 

 星弥が黙ってしまったので、鈴心は罰が悪そうに眉をしかめていた。だから星弥は少し意地悪を言う。

 

「そんなに大事な人達なのに、拒絶したままでいいの?」

 

「……彼らのためです」

 

「自己犠牲?」

 

「そんな美しいものではありません」

 

「じゃあ、エゴだ」

 

 星弥の言葉に鈴心は顔を上げた。核心を突かれたような目をしている。けれど、それを鈴心は一瞬で隠してはぐらかす。

 

「星弥、怒ってます?」

 

「うん!」

 

 当然だ。小さい頃から何年も一緒に暮らしてきて、妹のように思っていたのに他人だなんて言われて。

 

「貴女が関わっていいことではないんですよ?」

 

「それはわたしが決めます! ていうか、すずちゃんとお祖父様が関係してるなら、わたしだって無関係じゃないと思うんだけど!」

 

「お祖父様とのことも聞いたんですか……」

 

 鈴心はまた溜息を吐いて肩を落とした。

 

「うーん、詳しくは教えてくれなかった。前回の転生でお祖父様と揉めた? ってことくらいしか」

 

「でしょうね」

 

「すずちゃんが教えてくれる?」

 

「嫌です」

 

 ふいとそっぽを向いた鈴心を振り向かせようと、星弥はわざと明るく言った。

 

「えー!? 後でわからないことは教えてくれるって言ったのに?」

 

「ハル様から聞いていないなら、私からも言うことはできません」

 

「あのねえ、はなぶさ治親はるちかさんは今は周防すおうはるかくん、雷郷らいごうさんは今はただ蕾生らいおくんって言うの! 鈴心って呼んで欲しいならすずちゃんも今の名前で呼ばないとね?」

 

 その言葉は鈴心に自分達の基本情報はおさえていることを悟らせるには充分で、鈴心は言葉に詰まったけれど、頑なな姿勢は崩さなかった。

 

「でももう呼ぶこともありませんから」

 

「そんなことないと思うよ? 周防くんと唯くんなら次の週末も遊びに来るから」

 

「──何故?」

 

 鈴心は寝耳に水といった風で目を見開いて、恐ろしい顔で星弥を見るが、星弥も怯まずにきっぱりと言った。

 

「わたしが呼んだの。わたしのお友達だから」

 

「…………」

 

 その形相は、暗闇に光る目を持つ猛禽類然としていて、思わず星弥はたじろいだ。

 

「そ、そんな顔したって怖くなんかないもん!」

 

「……まあ、私は部屋から出ないので。ご自由にどうぞ」

 

 鈴心は諦めたように息を吐いて、またぷいと星弥に背中を見せてしまった。

 

「ええー、寂しい! 男の子二人と同じ部屋で過ごすなんて、はしたないって思われる!」

 

「誰も思いませんよ。お祖父様もお兄様もこの家には近寄りませんから」

 

「うん、だからすずちゃんだって二人に会っても大丈夫だよ?」

 

 優しく言ってみても、鈴心は頑なに拒否を繰り返す。

 

「会いません」

 

「気が向いたら出ておいでね」

 

「向きません」

 

 それでも、そのうち鈴心は応えてくれる気がした。「私達以外は他人」と反射的に言い切ったのなら。そんな存在を拒絶し続けるのは途方もなく難しい。

 けれど、そのことは彼らには言ってやらない。星弥は二人に嫉妬の感情を込めてそう決めた。

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