第34話

 いつものスーパーに行くと御萩が店頭に並んでいる。


「秋分の日だから、御萩もありかな?」

「良いんですけど、御萩って中がお米なのは分かっていても主食にするかは微妙ですよね」

「でもデザートとするにも重すぎるよ」

「うーん、三時のおやつにでもするべきでしたか……」


 そんなどうでも良い話で真剣に悩む私。

 リホさんも顎に手を当ててムムムと唸っている。


「とりあえず、籠に入れちゃいましょう」

「だね」


 リホさんにも食べないという選択肢は無かったらしく即答であった。


「御萩に合わせるご飯って何ですかね?」

「『砂糖とは違った小豆の仄かな甘みをより楽しむためには、塩味を効かせた料理が適切です。また、梅干しのような酸っぱさのある料理も会うでしょう』……だって」


 気づけば携帯で調べているリホさん。

 いつの間に携帯を取り出して検索までしていたのか。


「やっぱりお米ってだけあって地域によっては主食にするから、合わせ物は天ぷらとかをオカズにするみたい」

「天ぷらですかー。お酒が飲みたくなってしまいます……」


 リホさんの前でまたお酒の話をしてしまった。

 でも、天ぷらにビール、素晴らしい組み合わせじゃないですか……。

 最近は夕食にビールを飲む生活に戻っているせいか勝手に頭がビールを連想している。


「あたしは気にしないけど?」

「だ、ダメです。最近、お酒で失敗した方を見たばかりですし……。油断はできません」


 原田先生の泣きべそをかいた顔が脳裏に浮かぶ。

 彼女とは二学期に入ってから、職場で頻繁に目が合う。

 しかし、あんなことがあった後では私から声を掛けるのも気まずくて曖昧な笑みを送るのみとなっていた。

 彼女も私に話しかけてくるわけでもなく、夏休みで縮まったように感じた距離はまた離れてしまったようだ。

 原田先生も私との接し方に困っているのだろうか。原因は、間違いなく私のカミングアウトにあるのだろう。

 

 原田先生とのことを考えていると、私の表情の変化に敏感なリホさんから声を掛けられる。


「どうしたの、ハルさん?」

「ああ、少しだけ考え事です。ごめんなさい」

「ふーん……。原田さん……ね?」


 表情だけでなく私の考えにも敏いようだ。

 思わずドキリとする。

 きっと表情にも出てしまっただろう。


「わかりやすいなぁ。もしかして、何かあった?」


 リホさんには原田先生を家に泊めた経緯だけを軽く話していた。

 家でのこと自体は、原田先生の沽券に関わりそうな内容が多いのでかなりぼかしたのだけれど、リホさんは何かあったと勘ぐっているらしい。

 何かあったと言えばあったけれど、カミングアウトの件をリホさん本人に言うわけにもいかない。


「リホさんには、内緒です…………」

 

 拗ねた顔になってしまうだろうかと想い彼女を見れば、そんなことはなかった。

 彼女は何やら笑みを作り、小さな声で――――。


「そっか、まあ、頑張りなさいな」


 何故だか背を押されたような気持ちになってしまった。

 

 ――やっぱりリホさんは大人だな……。

 

 そんな事を思いつつ、私は彼女に励まされてしまうのだった。

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