第21話
薫さんはリホさんの家近くにある学習塾へ通っていると話していた。
リホさんの家から近いという事は、私の家からも近い。
こういう偶然もあるのだろう。全く嬉しくない偶然だ。
「か、薫さん! 待って、黙って遠ざからないでぇ!」
「すみません、今から講義があるんです……」
「お願いします! 言い訳を……!」
「だ、大丈夫ですよ。私、三波さんを信じてますから……」
「目を! 目を合わせて言って!」
全力で私から視線を逃がす薫さん。
良からぬ誤解を解きたいけど、薫さんに昨夜の詳細を話すのも悩ましい。
この原田って人が私のベッドで盛大に嘔吐したんです!
本当の事だけど、天下の往来でこんなことを言ったら原田先生のメンタルは海底まで沈み込むだろう。
「あの、三波先生、この子は?」
薫さんを引き留めていると原田先生からも答えにくい質問が来た。
薫さんの説明をするとリホさんの話が自然と付いて回る。
なんとか良い説明はないものか……。
「先生?」
今度は薫さんが、私が
そういえば、薫さんには私が教師であることもまだ話していない。
でも、私が教師であることを話すと、生徒であるリホさんとの関係性についても疑問を持たれてしまうわけで…………。
――なんでこんなに面倒臭いことに!?
「ええっと、あの。実は、私は学校の先生をしてまして……」
「そ、そうだったですか……。え、でも、里穂ちゃんとネットで仲良くなったって……」
薫さんの思考が手に取るようにわかる。
教師の私がネットで女子高生を漁って、今ではリホさんの家に入り浸ってる。
もうこれ、凄い犯罪臭するよね……。
「お互いに詳しい身分は直接会うまで隠してて……」
「ああ……。まあ、ネットで身分を気軽に明かすのは危ないですし……ね?」
薫さんの疑問は尽きないだろうけど、ひとまず納得してくれたらしい。そういうことにする。
「それで、こちらの方は、私と同じ学校で教師をしていまして……」
「ど、どうも、後輩の
「私は、三波さんの……友達? の
一先ず、挨拶は済んだ。穏便に全員の立場を明らかにすることには成功した。
で、これから、何をしたらいいんだ?
……ああ、そうだ、誤解を解かねば!
「それで、あの、原田先生を私の家に泊めたんですけど、ちょっと色々とありまして……」
「三波先生!さ、流石に、子供の前であんな話は……」
その言い方やめて! 恥ずかしいから吐いたことは秘密にして欲しいってことですよね!?
私には分かるけど、その言い方だと絶対に誤解を生む。
「あの、何があったんですか?」
ああ、ほら、薫さんの目つきが怖い。
「えっと、まあ、私のベッドで原田先生が少し粗相をしてしまって……。それで、汚したマットレスを弁償すると言って聞かなくて」
「はい、えと、そんな感じです……」
薫さんは、まだ少し怪訝そうな顔だ。
「変な事はしてないってことは、まあ分かりました……。でも、三波さんの家に原田さんが泊まったって話、里穂ちゃんは知ってるんですか?」
「ええ、通話で話しましたよ。でも、
リホさんの話をすると、薫さんの表情は更に険しくなった。
てっきり、原田先生の不穏な発言について思うところがあるのかと思ったけれど、そうでは無いらしい。
何故、リホさんの話が急に出てきたのか……。
「なんでかって……。そりゃあ、自分の彼女が別の女性を家に泊めてたら誰だって怒りますよ!」
「「……はいっ!?」」
彼女? 私が? 誰の?
「え、えと? どういう――」
「三波先生、彼氏さんいるんですか!? えっ、でも、リホって……女性!?」
私の言葉を遮るように三波先生が食って掛かる。
待って欲しい。なんですか、これ。
どうしたらいいの? 何が起こっている?
「なんでリホさんと私が付き合っていることに……?」
「えっ、違うんですか? あれだけ、毎日イチャイチャしておいて?」
リホさんからも、私からも、そんな話は一度も出ていない。
もしかして、傍からはそう見えるのか?
でも、私たちは女性同士だし、普通は付き合っているとか思わないんじゃ……?
「わ、私たちは、そんな関係にはないですよ……」
「嘘……。だって、里穂ちゃんは……
あのときってなんだ?
まさか、薫さんは――。
「あの! リホさんって誰ですか!?」
がっしりと私の両腕を掴んで原田先生から問い詰められる。
彼女の小さな体からは想像できない力強さに、たたらを踏んだ。
リホさんの話を原田先生にするのは避けたかった。
なにせ、働いている学校の生徒だ。
彼女と私が個人的な付き合いをしていると知れば、過敏に反応する可能性がある。
担当する学年は違くても、校内でリホさんの名前はそれなりに売れている。
なにより、つい最近、無断欠席の件で悪い方面でも彼女の名前が職員室内で囁かれた。
原田先生の中で、リホさんと松風里穂が結びつくと面倒なことになるかもしれない。
いろいろと、伏せたうえで、この場で私を問い詰める二人を
リホさんに迷惑を掛けることもなく、この場を切り抜けられる、そんな良い言葉が、――――ある。
「リホさんは、私が
私の言葉を聞いた薫さんと原田先生は、目を見開いて固まっている。
二人が何を思って驚いているのかは分からない。
それでも、それ以上、二人が私に対して子細を尋ねるような事もなかった。
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