メガネ

新座遊

メガネ

○○には三分以内にやらなければならないことがあった。○○は焦った。時間がない。あと三分。

○○はフレームに力を入れて凸から凹に変化しようと努力した。いや違う。今回は凹から凸への変化が重要だ。


近視の癖に老眼という魔境にジャストフィットしなくてはならない。カタログスペック的には3分でお好みの屈折率に変化します、ってわけだ。


3分もかかるのは商用化には程遠いレベルかも知れないが、アルゴリズムが確立すればスピードはもっと増すに違いない。まだ実験レベルの試作機なのだから文句を言われる筋合いではない。ともかく、納得させるためのギリギリの時間設定が3分というだけのことだ。


乱視も入っているので微調整にも時間を割かなければならない。悠長に変化している暇はない。

焦点の揺らぎを察知して、視界に歪みが生じないよう準静的に厚みを調整するのだ。

視線の対象となる文庫本も必ずしも一定の距離に大人しくしているわけでもなく、微妙に上下左右して定まらない。なぜ○○だけが苦労しなくてはならないのか。調整し終わるまでじっとしてろ、と怒鳴りたくなってくる。いやそんなことするならまずは凹の安定が先だ。

よし近視対策はこれで良い。あとは老眼補正と乱視補正で近くの物をぼやかさずに焦点に集めるだけだ。あと1分。間に合いそうだ。



その時、何が起きたのか○○と文庫本のあいだに煙が立ち上った。

せっかく合わせたピントが煙によって無効化してしまう。


煙の正体は明らかであり、タバコの煙。本を読むときにタバコを吸うなんて、不謹慎極まる。

ああ最初から作業やり直しか。あと30秒。

メモリに作動履歴を残しているから状態のサルベージは素早く出来るはず。

よし出来た。間に合ったか。

しかし無情にも○○はテンプルに手を掛けられて雑な動作で顔から外されてしまった。

「なんだよ使えないメガネだな。裸眼のほうが見易いじゃないか」


○○は悔し涙を飲んだ。レンズを自動的に洗浄する機能である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メガネ 新座遊 @niiza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ