同居人は魔法使い 10
「うーん……」
ある日のことだ。時刻は午後。俺は自室の机に突っ伏し唸り声を上げていた。
「一体、どんな風に書けば良いんだよ」
俺は机の上にあるそれを恨めしそうに見つめる。視線の正体は、未だに白紙なままの便箋だった。
いや、少しは手を付けたんだ。所々シャープぺんの消し跡が見られる。だが、書いては消してを繰り返していたせいで、少し紙に皺が寄ってくしゃりとなっていた。
ずっと絵ばっかり描いてたからなー。文章なんて書かないし。
流石に行き詰まり、進捗状況を聞こうと委員長の苦瀬に電話を取るも「俺はもう書き終わったー!」と煽り言葉を貰い、無言で切ってやった。
すぐに苦瀬から連絡が何件もくるも未読無視でこのまま暫く放置してようと思う。あいつは、容量がいいからな。
何事にも適当が重要だとかほざいてるけど、その適当が分からないから困ってるの。それくらいの気持ちは察してもらいたい。
「そんなに難しく考えることではないってこと……?」
でもよ、こっちは書いた手紙を本人と担任、クラスメイト、保護者等の前で読み上げないといけないという拷問かつ公開処刑の鬼畜ルートが待ってるんだわ。
最後の最後で醜態を晒すのだけは御免だ。
もし俺に、文才があったら言葉を巧みに操ってみんなに笑いを見せられたり、泣かせたりと感情を惹きつけられるのかもしれない。
そう考えると小説家ってすげーな。尊敬するわ。
「マジで無理だ……」
そろそろお手上げという状態になった時だ。頭上から影が指す。
「何を悩んでいるんだい?」
「ご、降魔さん……。部屋に入る時はノックくらいしろよ」
どうやら俺の様子が気になったらしく覗きに来たみたいだ。俺は咄嗟に、机の上に置いてあったレターセットを素早く隠した。
「ちゃんと、ノック二回やったさ。この頃、ボーッとしてることが多いんじゃない?」
「そうか?」
首を傾げると、降魔さんはコクコクと頷く。確かにそうかもしれないな。この前の料理といい、今日の手紙書きといい。この頃、何かに集中して周りが見えなくなっているのかもしれない。
手紙の進捗はゼロと言って良いほど進んでないがな。
俺は深いため息を吐く。その時、机の上にコトっという何かが置かれたような音がした。俺は目を見開く。
「これ……」
「甘い物でも食べて、気分転換するのがオススメだよ」
降魔さんはそう言って綺麗なウィンクを見せた。そこには、小さくカットされたバームクーヘンがお皿の上に乗っていた。黄身の滑らかな生地の上にホワイトチョコでコーティングされている。
もしかして、俺に気遣ってこんなことしてくれたのか?
「どうも」
俺は小さく頷いた。呟くような声の音量だったが、降魔さんには聞こえていたらしい。クスクスと笑っていた。
愉快そうな声を聞きながら俺はバームクーヘンに手を伸ばす。それを口に含むと、ホワイトチョコの部分がパキリと割れる。それから徐々に生地の優しい甘みが舌を撫でた。
「美味しい?」降魔さんは問う。
「うん」
「なら、良かった」そう言って降魔さんは再び笑った。
相変わらず綺麗な顔だなと、ぼんやり眺めてつつ、バームクーヘンを味わう。
降魔さんはいっそのことモデルにでもなれば良いんじゃないかと考えた。
パチリ。
降魔さんの黄緑色の瞳と目があった。
「そんなに見つめられるとなんか照れちゃうなァ」
「自惚れんな」
俺を揶揄う仕草も様になる。だが、それが俺にとって癪に触りキツく睨みつけてやった。俺の鋭い視線は上手くかわさた。いつもの余裕のある笑みが返ってくる。
そしてそのまま、部屋の隅にあった折り畳み椅子をこちらに持ってきて俺のそばに腰掛けた。
「何でこっち来るんだよ」
「別に良いでしょ? やっぱり、ヨミくんが居ないと退屈だなって」
「退屈って……別に、俺が居なくても降魔さんはいつもふらりと出掛けるだろ?」
「それもそうだけれどさ。やっぱり、人間って一人になりたい時と誰かと一緒にいたい時があるだろう? ボクはね、今は後者の気分なんだ」
「そうなんだ。ちなみに、俺は前者」
「えェ? つれないねェ」
そうじゃなきゃ手紙書けないっつーの!!
心の中を今すぐにぶち撒けたい気持ちだが、ここはグッと堪え唾を飲み込む。
「そ、そう言えばこのバームクーヘン、どうしたんだよ」
「あァ、隣のおばさんがこの前水族館に行ったらしいんだ。これはそのお土産にだってボクたちにくれたんだよ」
話が逸れ、俺の心は一旦安堵へと返る。
「水族館?」
それにしても久しぶりに聞いた単語だ。水族館なんて小学校低学年以来、一度も行ってない。前に水族館っぽい画集を見て参考する程度だ。
そうだ。今度描くイラストのネタは水族館にしよっ!
早く絵を描く為にも、さっさと手紙を書き終わらせねーと!!
菓子も食べ終わり、丁度良い気分転換にもなった頃、みるみるとやる気が満ち溢れ、今なら良い文章が書けるかもしれない。
「水族館って海の生き物がいっぱい集まってるらしいんでしょ?」
「らしいんでしょって……。もしかして降魔さん、水族館行ったことないの?!」
俺が声を荒げると、それに似合わない優しい返事が返ってくる。それを聞いた俺は驚きを欠かせずにいた。
それにしても意外だ。
まさか、いつも自由人な降魔さんが水族館に行ったことがないだなんて。
あの、俺を揶揄って苦しむ姿を楽しそうにする愉快犯の降魔さんが!!
これは、降魔さんの知らない一面を知ることが出来たぞ。
「ヨミくん、また険しい顔をしているよ。そんなヨミくんには、魔法をかけてあげる。こうやってちちんぷいぷい〜って」
「そうだ降魔さん!!」
俺は椅子から立ち上がる。勢い良く立ち上がったせいで、椅子の底がガタンと揺れた。降魔さんは目を見開かせ、俺を凝視する。
「急にどうしたの?」疑念を抱きながら恐る恐る声をかける降魔さん。
俺は構わず、降魔さんの前に向かい大きな声で言い放った。
「一緒に行きましょうよ、水族館!!」
「え?! あ、うん……てか、どうして敬語?」
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