図書館の巫女 マリ
@watakasann
第1話 ブックマーク
「出版星って呼ぶ人が増えたなあ。それだけこの星が変わってきたと言う事なんだろうけれど」
新しくできた本屋さんで、とてもとても小さな声、真横にいなければわからないような大きさでマリは呟いた。まだここが開店して数日なので、キチンとした格好をした人がかなりいて、彼、彼女達がお客さんでないことはちょっと大きくなれば誰にでもわかる事実だ。
その会話の中でこの星をそう呼んでいる、だがその中の年配者がちょっと落ち着いた感じで「図書館星」と言っていたのを聞いて、マリは思わずニッコリとしてしまった。
もうすぐ日の入りの時刻だが、ここは大盛況だ。学校、会社帰りの人々。隣が大きなスーパーマーケットなので、家族連れも多かった。
当然だろうが、ほとんどのものが新品。文房具なども置いてあり、そこには色々な年齢の女性、女の子が沢山いた。マリもそのコーナーにいるのであるが、彼女の見ていた物、手に取っていた物は、もしかしたらお店の陳列の時以来、触った人のいないように見えた。
「ああ・・・これ綺麗な栞・・・動物の皮・・・」
袋の中に入っているのだが、小さな穴が開いていて肌触りを感じることが出来る。そしておまけのように金属のロッキングチェアーと暖炉のミニチュアがぶら下がっている。以前あったドラマのシーンで、そこから大流行した二品だった。しかしそのちいさな可愛い物よりも、漏れている、生きていた証のような皮の香りの方が彼女にとってはなじみ深いものだった。マリはクスクスとわらいながら
「これは若いって感じがする」
声が大きくなって慌ててキョロキョロしたが、丁度人がいなくてほっとした。
そして心の中で楽しく思った。
「これ職業病かも、この言葉も地球時代からあるんだよね、むしろ本屋さんの方が「復活」って感じかな」
それを物語るように、年配の女性が言った。
「ああ、こんなに沢山本があるなんて・・・今の若い子達はいいわね。私達は電子画面だったから」
地球時代には本屋さんは当たり前のようにあったそうだが、本格的宇宙時代の到来で、ほぼ無くなってしまった。それは他の星に住み始めた人類にとって、水は貴重なものであり、また自然環境保護、これは人類の命に直結するため、木を簡単に伐採など出来なくなった。本は貴重であり、芸術品のように価値が上がってしまった。故に、宇宙総司令部は窃盗防止のため、この星に大規模な図書館施設を設け、そこで地球時代からの「本物の本」を保管することにした。図書館星の由来である。しかし、ほんの二十年ほど前、突然変異なのか、近くの星で木が異常な速度で成長をし始めたので、「本」が復活したのだ。それこそ爆発的に。
店の入り口に飾ってある花は、昨日つぼみだった大きな青ユリが、美し過ぎるほどに開き、今日来店した多くの人がその横で記念写真を撮っていた。楽しげに、うれしそうに、家族、友人に写してもらう人、その様子を見ながら、マリは数時間前まで読んでいた「青ユリの誕生とその変遷」という、ちょっと専門的な本のことを思い出していた。
地球を離れた人類が、通称、花星で偶然自然に咲いているこのユリを見つけた。もちろん地球時代のユリを人間が植えたのだが、白かったユリは数百年を経た後、淘汰と突然変異を繰り返し、ある限られた地域でのみ、奇跡のように、ひっそりと青く咲いていた。人間以外の野生化された虫、動物以外に知る者もなく。だがこの頃の青ユリは水色に近く、それをいかにしていわゆる青の色に改良してきたかの歴史だった。
そして今は冬、日が落ちるのが早い時期なので、店の入り口に次第に人だかりができはじめた。
「行こうかな・・・いや、今日は止めよう人が多いから。きっと明日も咲いたままだから・・・」
マリは入り口に引き返そうとする足を踏みとどめているそばで、二人組の女の子、15,6歳、自分と同じ年齢ぐらいの子達が
「行こう、丁度色が変わる瞬間が撮れるよ! お父さんが見たがっていたから」「そうね! みんなに自慢しよう」と楽しげに過ぎていった。
それを聞き、客のほとんどが外に出て、残った人々は
「我々も行きますか? 見たこと無いんです」「いやいや、お客さん第一だよ、逆に邪魔になる、それにこの仕事をしていたら、見る機会はたくさんあるよ」そう会話している人以外、マリは一人、取り残された様に店にいたので、
「逆に変に思われるかな、私くらいの年齢で開発されたばかりの「青ゆりライト」を見に行かないなんて」今度は心の中で強めに呟き、急いで入り口に向かった。そして丁度その時、マリが自動ドアを踏み、花を見た瞬間
「わあ!!! 」と大きな歓声が上がった。
青いユリは、ほんの少しだけ赤みがかった深い紫色へと変化した。
「これどれぐらい持つんだったっけ!! 」「確か一分ぐらいって!! 」
動画、写真、それを操作する人がほとんどの中、マリは自動ドアを自分が開けたままにしているの気が付いてはいたが、自分の後ろにももう人がいて、逆に動くことが難しかった。
「これも幸運かな・・・・あの本がくれたのかな」
一人孤独に立ち尽くしていた。
青ユリのこの色変化はもちろん、自然の物を増幅したに過ぎない。地球時代に存在していたラフレシアという巨大な花は、強烈な匂いによって虫を呼び寄せたという。その色版と言ったところなのだろう。水色の青ユリが花星の太陽光線の力を蓄積し、(このメカニズムはまだわかっていないので、人工的に強烈な光を当てている)青色に変化していた。その映像は義務教育を受けた全宇宙の人間全てが見たことのある物だ。自然の力と美を知るには格好の教材である。現に先ほどの事も撮影機器を持った大人より、自分の目で見た子供達の方が、明らかに深い感動を受けた様子だった。ある子は興奮気味に親に「すごいね!」と言い、別の子は言葉も出ずだまっていた。それを「綺麗だったでしょう? 」と問いかける親に答えるのすら面倒であるかのように、押し黙り、余韻に浸るのを邪魔されたと不機嫌になっていた。
「あの子は小さい頃の私だわ、きっと」
マリはもう誰もいなくなった、普通の色の青ユリの前に立ち、誰よりも近くで、大仕事を終えた彼、彼女、をねぎらうように、バックの中にある小さな写真機を取りだし、写した。
「これも復活したんだっけ、地球時代のレトロ風」
街の明かり、新装開店の花、レンズが中央にある、ちょっとでこぼこしたカメラ。
「ヒトは変わらない、それでいいのかもしれない」
彼女の横を、制服姿の男女が通った。
ほんのちょっとマリの心は動いた。
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