3章 セツナエモーション
光るなら
その世界を統べる魔王の城の中庭に、甜橙の樹が一本植わっていた。魔王が産んだ種違いの二人の男児、バレンシアとネーブルはその木の下で戯れ合うことが好きだった。
やがてその甜橙の樹が実を結び始めた頃、魔王は位を退き、長子バレンシアに王位を譲った。だが、それを受けてのことかのように、彼らの世界には大いなる異変が生じた。
「拝して申し上げます、兄王様。これはいったい、どうしたことでしょう。夜天に並びて光るべき双月が、欠けて一つになってしまうなど」
「なれば命じて言おう、我が弟よ。月の行方を追い、世界を正せ。それが果たされたとき、そなたは勇者と呼ばれるに相応しき者となるであろう」
「ははっ」
こうして、ネーブルは旅に出た。地を駆け巡り、龍族の長と会い、そしてついには天を統べる神との謁見を果たすことを成し遂げ、彼は見知らぬ天地の先へとたどり着いた。
「おお、月が二つある」
彼は、夜空を見上げてそう呟いた。すると、近くにいた、見知らぬ少女がこう返した。
「そうね。月が二つあるのよね。本当になんて困ったこと」
ネーブルは困惑した。彼は、世界の姿が
「これぞ正しき天の形ではないか。天に月が二つあるのが、天意の自然というものだろう」
少女は顔をしかめて、こう言った。
「なに言ってんの? バカなの? わたしたちの世界、わたしたちの地球の、空に光る橙色の月の数は、本当はずっと一つだったでしょ。それが急に二つに増えて、それから世の中何もかもおかしくなって……それなのに、昔から月が二つあったみたいに言うなんて。あなた、変」
ネーブルはようやく得心した。どうやら、自分は探していたものを見つけたらしい。
「あの。君は?」
「真木。真木ハル。真木が苗字でハルが名前。この東京で大学生をやってる」
「そうか。おれの名前はネーブル」
「変な名前」
「そうか? そんなことを言われたのは初めてだな……いや、そんなことより。とにかくおれは、この世界に増えてしまった月を、元の世界に戻すためにやってきた勇者なんだ」
「あなた、やっぱり頭がおかしいよ。うちのお母さんみたいなことを言ってる」
「お母さん?」
「本人が言うには、月が二つある異世界に行ってきたことがあるって……それより。仮にあなたが勇者だとして、どうやって月をもとの世界に持って帰るの?」
「旅をし、この世界の理を見定め、為すべきことを為す。とりあえず、このあたりで一番高いところに行ってみようと思う。あの月を、もっとよく見なくては」
「ふーん。そんなら、スカイツリーかな」」
「スカイツリーとは?」
「新宿からなら押上は三十分くらい。一回地下鉄を乗り換えないといけないけど」
「よく分からない。案内をしてくれないか。ハル」
「馴れ馴れしく呼ぶな。変な上に、ずーずーしい男」
「それは相済まなかった。だがこの土地のことは不案内なんだ」
「でもまあ、いいよ。君、けっこうかわいい顔してるし。付き合ってあげる。感謝しなさい」
それから、色々あって、三ヶ月後。
「父さん。紹介したい彼氏がいるんだけど」
「ん? そうか、ハルももうそんな年になったのか」
「なに言ってんの、大学生の娘を捕まえて……これ、ネーブル」
「ネーブル?」
「そう。そういう名前なの」
「お初にお目にかかります。……魔王アザレアの子、ネーブルです」
「アザレアの……?」
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