廃景に鉄塔、「千鶴」は田園にて待つ。

「では。このあたりに、うんと高い塔はあるか?」

「一番高いのがいいのなら東京タワーだけど」

「一番でなくてもいい。それより双塔構造であれば理想的なんじゃが」

「じゃあ都庁かな。割と最近新しくできたんだ、ここからそんなに遠くない。はず。世界がおかしくなったせいでおかしくなっていなければだけど」

案内あないしてたも」

「分かった」


 おれはアザレアの小さな手を取り、部屋を出た。


「というわけで、これが東京新宿新都庁舎」


 本来は摩天楼群の中で他の高層ビルを睥睨へいげいしていた都庁舎だが、今は荒れ地の真ん中にそびえたつダンジョンみたいになっていた。でも入口には受付があり、人もいる。


「ここのどこへ行く?」

「最上階へ行かねばならん」

「最上階は二つあるんだ。北展望室と南展望室。要するに、北塔と南塔」

「ふむ」


 などと話し合っていたら、受付らしき人から声をかけられた。


「現在、区域分けが行われておりまして。“月一つ”の世界の方は南側、“月二つ”の世界の方は北側の展望室に回っていただいております」

「どっちかに一緒に行っちゃいけないのですか」

「規則で定められておりますので」


 いつどの時点で誰が定めたどういうルールだよ、と思わんでもないが、文句を言うわけにもいかなそうだ。アザレアの方を見る。


「ここで待ち合わせよう。月が頂点に昇ったら戻ってくる。その時分にここで待っていてくれ」

「わかった」


 ちなみに、もう買って手元にあるのだがチケットに展望台の営業時間は24時間だと書いてある。本来そんなに夜中まで営業していなかったような気がするが、これも世界がおかしくなった影響か、と思う。


「それじゃあ、の」


 アザレアは繋いでいた僕の手をきゅっと強く握って、北塔に通じるエレベーターに乗り込んでいった。僕も他に行く場所が特にあるわけではなし、南展望室に向かう。


 ここからの景色は、東南北に東京のビル群を見渡せるのは当たり前として、西の方には富士山がある。はずなんだが、富士山の隣に富士山の倍くらいでかい山がそびえ立っていた。やっぱり、今のこの世界は異様なことになっている、というのをしみじみと実感する。


 このような事態になっているのは、アザレアが言うには、彼女の世界、つまりもともと月が二つであった世界で、異変があったせいであるらしい。


 いい加減、月がだいぶ傾いた、というあたりで、ぼんやり景色を眺めていたら、ふと警備員らしき人物に声をかけられた。


「展望室はまもなく本日閉館となります。ご利用いただき、ありがとうございました」

「えっ? 24時間やっているはずでは?」

「いえ? 現在の営業時間は午前十時から午後十時までとなっておりますので」


 そんなバカな、と思って、チケットを見てみる。10:00~22:00、とちゃんと書いてあった。


「うん、そうだっけ……?」


 とにかくエレベーターで下に降りてみた。まだ約束の時間にはならないわけだから、下の階にある喫茶店に入って、飲み物を頼んで、待つ。


「センパイ! お待たせしました~!」


 と言って、目の前の席に女の子が座った。


「遅いよ、ちずる」


 彼女は草薙くさなぎ千鶴ちずると言って、僕と同じ大学の一年後輩である。まあ、気恥ずかしい言い方をすれば、ガールフレンドというやつだ。


「お待たせしてしまいましたか?」

「なんか、だいぶ長い間待っていたような気がする」

「そうですねぇ。大学を休学して、ファンタジー世界で魔王の討伐をしていましたからね」

「は?」

「……冗談です。ほら、わたしがもう少し展望台で景色を眺めて居たいって言ったら、疲れたから先に下に降りて待ってるって。先輩がそう言ったんじゃないですか」

「うん。そういえばそうだった」


 そう。そうだとも。


「じゃ、行きましょうか」

「そうだな」


 都庁から駅に出るための通路に抜ける途中で、一瞬だけ夜空に月が見えた。


「……月って、こんなだったっけ」

「何かおかしいですか? ごく普通に、満月がひとつ夜空に浮かんでいるだけじゃないですか」

「そうか。そりゃそうだよな」


 ふと、知らない相手とすれ違う。透き通るような薄い色の肌に、しかし髪は黒髪で、日本人形のような感じの端整な美しさ。今どきのファッションに身を包んでいるのが少し意外だが――


「センパイ? なに他の女の子に見とれているんですか?」


 などと、思っていたら千鶴がお冠であった。


「うん、いや。なんでもないよ。ちょっとなんとなく気になっただけ」

「なんとなく、で、他の女の子を気にしちゃダメですよ。せっかくわたしと久しぶりのデートなんですから」

「うん」


 すれ違ったその相手が、すれ違いざまFarewellと呟いたことなど、もちろん僕は気づかない。

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