8/1③ 宣戦布告


 阿久津蓮也アイツ……絶対に許せない!

 一部始終を見た一華いちかは怒りに歯を軋ませた。

 話を聞いた皆川賢人オレは、悔しさに唇を噛んだ。


 大通りを挟んだ向こうの斎場から阿久津蓮也あくつれんやと響子ちゃんが出て来た。

 ここで、一華は思いもよらない行動に出た。


皆川みなかわァ!賢人けんとっ!!」


 彼女の叫び声は、ヤツの耳にハッキリと届いた。


「お、おい一華……大丈夫なのか?」


 ヤツは、一華を見て一瞬戸惑った。

 しかし、隣にいるオレに気が付くと花房響子きょうちゃんを置いて横断歩道を渡り、オレ達の元へやって来た。

 遠目にも、ヤツの含み笑いが見て取れた。


「これはこれは、君じゃないですか?!驚きましたよ、まさかボクの前に現れるとは……」


 オレは、拳を握りしめ阿久津に飛びかかろうとした……が、一華がそれを制止した。


「今は、ダメよ……」


 彼女は、阿久津から目を逸らすこと無くポツリと呟くようにオレを諭した。

 けど、彼女の拳も強く握り締められ、赤みを帯びて震えていた。



「ほぅ……。このオッカナイ顔をしたお嬢さんはどちら様かな?」


 阿久津は、一華を下から上に舐めるように見た。


「ワタシは……ワタシ達はお前を絶対に許さない。いつも側で狙われていると肝に銘じておくといいわ」


 一華の声は、怒りを抑えるように震えていた。


「へぇー、ボクと賢人君のを理解しているようだね。何者だ……女ァ?」


 阿久津は、煽るように口角を釣り上げた。


「……」

「ほぅ、何も言わない感じ?まあいい。安心して、ボクはに身を隠すつもりは無いよん♪」


 阿久津は、見透かしたように不気味に微笑んだ。

 いや……完全に見透かされていた。


「あ、そうそう!それには、ちゃんとした理由がある。ねぇ皆川君、ママ美咲みさきちゃんはとっても綺麗なんだ。妹の萌衣もえも可愛いよ、ちょっとウザいけど。それに……花房響子はなぶさきょうこ、最高の彼女だ。ボクの事を信じ、心から愛してるようだ……キャハッ♪」


 阿久津は、オレを挑発してきた。

 ここで負けだ。

 オレは、拳を握りしめ怒りを抑えた。

 しかし……甘かった。

 阿久津が続け様に言った言葉に、オレは耐える事が出来なかった。


「あ、そうだ、君。今から賢人ボクは、花房響子とホテルに行ってくるよ。嗚呼、楽しみだなぁ。響子はどんな鳴き声か、な?」

「ふざけるな、お前ェ!そんな事、絶対に許さない!!」


 オレは、阿久津の胸ぐらを掴み怒号を上げた。

 そして、その直後だった……


「何してるのっ!止めて下さい!!」


 オレの手を、強く振り払ったのは……響ちゃんだった。

 様子がおかしいと感じた彼女は、オレ達の元へ走って来たのだった。


「響ちゃん……」

「え……?」


 オレが……いや、阿久津(賢人)が呟いた呼び方に、彼女は驚き、そして恐れおののいた。


「響ちゃん!下がって!コイツだ、コイツが洋介を殺したヤツだ!」


 賢人(阿久津)は、響ちゃんを背後から抱きしめ、オレから数歩離れた。


「くっ……違う、違うんだ!ソイツはオレじゃない!離れろ、離れるんだ響ちゃん!」


 オレは、焦りと苛立ちで思わず叫んだ。


「な、何を言ってるの?貴方!?どうして私の名前を……?もう止めて下さい!」


 響ちゃんは、混乱していた。

 恐怖で声が震えていた。

 知らない男に名前を知られて、挙げ句賢人から離れろと意味不明な事を言われて……当然だ。誰だって怯える。


「響ちゃん、コイツの顔見たことあるだろ?!ニュースで報道されている指名手配犯……阿久津蓮也だよ!コイツが洋介を……クソォ!」


 やられた……

 オレは、スイッチを切られた。

 心をへし折られた。

 カラダの力が抜け、その場で膝をつき項垂れた。

 阿久津は、勝ち誇り余裕の笑みを浮かべている。


 ……終わりだ。


 オレは洋介を殺し、響ちゃんを怯えさせて……後は刑務所に入れられて、阿久津と完全にスワップしてカラダが定着する。もう、オレは阿久……

 耳元で、風を切る音がした。

 ふと、顔を上げると……

 一華の蹴りが、賢人(阿久津)を捉えていた。

 しかし、ヤツはギリギリのところで腕を盾にして防いだ。

 そして、背後から抱きしめていた響ちゃんの手を引っ張り放り投げた。

 響ちゃんは、勢い余って歩道の上に転がった。


「へぇー、いいね!キミ、名前は?」


 阿久津は、まるで玩具を見つけた子供のように恍惚の表情を浮かべていた。


「ワタシは、一華!お前に、目の前でパパを……父を殺された!絶対に許さない!覚悟しておいて、必ず捕まえてやる!!」


 一華は、そう言い放つとオレの手を引きその場から逃げた。

 野次馬達が、アイツと響ちゃんの所へ集まっているのが遠目に見えた。

 とにかく、今は逃げるしかなかった。

























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