お前のための三分じゃない
蔵
昼休みに来る問題児
目の前で腕を組みこちらを睨む少女、
「靴下は紺のハイソックス、リボンは赤の学校指定、スカートは切らない折らない膝上丈、あとセーターも指定のやつ着てこい。で、頭は染め直し」
あっけにとられた瀬名が、は?と言うより早く、早口言葉のような注意を言い終わると、真崎はじゃ!と右手を上げくるりと瀬名に背を向けた。もはや言い終わるのを待たずに自分の言葉を巻き込んで回転しているようだった。
「ちょっと待てよ」
「……なんだ」
超が付くお嬢様校でそれをする者は、生徒はもちろん教師にもいない。だが、禁を破ってでも口うるさい教頭に後で叱られても良いと言わんばかりに今にも走り出しそうな真崎の背に不機嫌な声がかかる。瀬名の担任として無視するわけにはいかなかったのか、ギギギと音が聞こえてきそうな程のぎこちない動きで、真崎は後ろを振り返った。
「なんでそんな早口なんだよ」
「……なにが」
「いつもうぜえくらいネチネチ注意してくるくせに」
なんでこういう日に限って、真崎はそう思いながら瀬名に向き直った。今どきどこに売っているのかわからない真っ赤なスクールバッグ。これも違反だ、と気付く。
「なんかめんどそうじゃね?さんかく」
「みすみ、な。あと先生を下の名前で呼ぶんじゃない」
「話変えんなよ」
イラつきを隠さずこちらを見つめる、2000年代前半にいたような古風な派手ギャル・瀬名にはこういう鋭い所がある。真崎は腕時計にちらりと目をやり、秒針よ止まれ、と数学教師らしくもなく祈った。だが止まるわけもなく秒針はスーッと文字盤を滑る。
「なんか時間気にしてね?」
「してない」
「いやしてんじゃん」
「してない」
「してるって」
「お前が昼に学校来るから!」
真崎の押し殺した叫びが、廊下に小さく低く反響した。あまり大きな声を出すと教頭がすっ飛んでくる。それは避けたかったらしい。瀬名が、あ?と気が抜けたように眉を下げると、真崎は諦めて大きくため息をついた。時刻は12:03。昼休みに入って間もないが、購買を利用する生徒が極端に少ないこの学校では、この時間に人気のない昇降口にわざわざ立ち寄る者はいなかった。
「カップラーメン」
「は?」
「カップラーメンにお湯入れてたんだよ」
「で、なに」
「入れ終わったところでお前が来たの!」
激務である教師にとって、昼休みは貴重な自分の時間だ。今年から生活指導担当にも任命され、その自分の時間さえも侵食されることが多くなった。しかしお湯を入れて3分だけは、今お湯入れてるから。伸びないように見てなきゃいけないから。と自分を納得させることで無理やり休んでいたのだ。この3分間が、今の真崎にとっては何より大事だった。その大事な時間に他の先生から告げられた、真崎先生、瀬名が……は、悪魔の呪文であったことだろう。
瀬名は、今にも泣きそうな担任の顔に少し引きつつも、腕を組んだまま優位の体制を崩さない。お嬢様学校に通っているからには所謂いいとこのお嬢様なのだろうが、その気位を発揮する場所はここではない。そんなことは瀬名にもわかっているが、今は強がっていないと、大の男が泣きべそをかいている、という特殊な状況に負けてしまいそうだった。
「いつも昼休み終わりくらいに来るのによお……」
「早く来ちゃいけねーのかよ」
「来るならもっと早く来いよ……」
普段なら、スカート短いだの髪を黒くしろだのなんだかんだとうるさい真崎が、肩を落としてしおしおと、職員室でどんどん伸びていくラーメンのことを考えているのがおかしくなって、瀬名はこらえきれずふふ、と笑った。なに笑ってんだよ、と真崎が力なく言葉を発する。
「だったら5分とかのやつにしろよ貧乏教師」
「そうだよ貧乏だから買えねえんだよそんないいカップ麺」
「100円だか200円の違いだろ」
「その100円だか200円がでかいんだよバカタレ」
もはや伸びゆくラーメンのことは完全に諦めたのか、真崎が体制を起こして言い返す。キッと瀬名を睨む目にはうっすら涙が溜まっていて、ちょっと申し訳ないなと思いつつも、瀬名は笑った。
「もう3分経ってんだろ?」
「……おかげさまでな」
「じゃあもういいじゃん」
はあ〜〜〜〜〜〜?と真崎が怒りに任せて語尾を伸ばす。それはため息にも似ていたが、ヤンキーのいちゃもんにも似ているな、と瀬名は思った。
「あたしの相手しろよ」
「今してんだろ……」
「どれくらい伸びたらラーメンがモンスターになるか試せば良いじゃん」
ラーメンはモンスターにならないんだよ、と言い返す真崎の呆れたような諦めたようななんともいえない情けない顔に、瀬名は「ウケる」とだけ言って笑った。
時刻は12:10。職員室で伸びていくラーメンも、昼ご飯を諦めた真崎にも、面白がった瀬名が明日からしばらく昼休みを狙って登校してくることをまだ知らない。
お前のための三分じゃない 蔵 @kura_18
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