全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを破壊してみせる、彼らは、そう誓った。

さすらいのヒモ

01


 ホンダ・ゲノスケには三分以内にはやらなければいけないことがあった。

 出来る出来ないなど関係なく、やれと命じられたことである。


「よもやこのゲノスケが、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れへの生贄に選ばれてしまうとはな」


 それこそが元服を迎えたばかりのゲノスケが大人として初めて行い、そして、最後となる、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを食い止める』という『お役目』なのだ。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは今、アメリカ大陸を渡って太平洋を横断し、旧日本国首都であった東京の湾から日本列島を上陸した後に利根川を遡るように北信越へと向かい、そのまま日本海を渡ってユーラシア大陸へと再上陸する手はずとなっている。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはもちろんそこで終わらず、『シルク・ロード』──今では『バッファロー・ロード』と呼ばれている──を突き進んでヨーロッパを蹂躙した後に、大西洋を渡ってアメリカ大陸へと戻っていくのだ。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れという概念が地球上に誕生してから、今年でちょうど二十年。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは一年をかけて地球を一周し、また、その道程ははかったように毎年同じ道程を進んでいる。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによって破壊された都市は数知れず、日本国の旧首都であった東京都もまたその一つである。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの行進は凄まじいもので、その道程にないはずの周辺都市にも大きな影響を与えているため、

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの影響を受けない南半球の国々への富裕層の移転も多い。


 日本国民だけに限らず他国の人々も周知の通り、日本国は侍の国だ。

 天皇を頂点として公家が侍り、実質的な権力は愛知都豊田市にトヨタ幕府を設立したトヨタ将軍が握っており、その将軍に各都道府県の大名たちが従っている。

 小学校へと就学すれば誰もが習う常識だ。

 ゲノスケは、四国が愛媛県の大名であるホンダ家の跡取り息子である。

 ホンダ家は四国に貼られている堅固な霊的国防結界を守護するお役目を頂いており、遡れば飛鳥の世から名を残す『鬼』を斬る由緒正しき家柄であった。

 そんなホンダ家の長男坊ゲノスケは、トヨタ幕府の第十二代将軍に命じられてこの地球全土を脅かす、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの討伐を、たったの一人で行うことを命じられたのである。

 将軍に逆らえばホンダ家は一族根切りとなり、命に従えばゲノスケは破壊される。

 詰みである。

 バッファローは世界的に見ても神の依代であると伝えられており、また皆も御存知の通り、この侍の国・日本でも同様に神聖な動物と崇められていた。

 故に、神の化身たる、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れへと捧げられるための人柱として、才気煥発なる跡取りのゲノスケが選ばれたのである。

 そんなお題目を抱えた生贄だが、結局は成長著しいホンダ家への嫌がらせなのだ。


「母上様、先立つ不孝をお許しください」


 それでも、聡明ではないが間抜けでもないゲノスケは弾く必要もない算盤を弾いて利益を導き出し、真っ白な装束を左前に着込んで、ホンダ家の秘伝の薬剤で腹の中を空にした状態で、廃墟となったビルの屋上から東京湾を睨みつけていた。

 津波が幾度となく来ていて、このビルが保たれていることが不思議なほどである。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが近づいているのだ。


「……人はもちろん、ネズミもミミズもおらぬ死んだ大地か」


 もはや、東京には人間はもちろん命と呼べるようなものは存在しない。

 踏みしめられたコンクリートの大地から草花が芽吹くことはなく、ミミズ一匹とて存在しない。

 全てが、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを恐れて、東京を離れていったのだ。

 もはや東京は『死都』と呼ぶに相応しい惨状を見せていたのである。

 そして、このような『死都』は、この地球上に無数に存在する。


 ────許せぬ。


 ゲノスケは不意に──そう、不意に、激しい怒りを覚えた。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れへと抱いていた漠然とした恐怖──それが、死を間近に感じ取ったことで吹き飛んでしまったが故の怒りである。

 荒ぶる神への畏怖という幻想が消え去り、凌辱者への憤怒という現実だけが残ったのだ。


 この時、ようやっとゲノスケは『鬼』というものがなんたるかを知った。

 鬼を斬る一族に生まれながら、ゲノスケは今の今まで鬼とはなんであるかを知らずに生きてきたことを深く恥じる。


 鬼とは、人の血肉を啜るものではない。

 鬼とは、人の尊厳を辱めるものでもない。

 鬼とは、人の子を弄ぶものでもない。


 ────鬼とは、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのことなのだ。


 霊長の自覚を持つ人としてではない。

 鬼を斬る家に生まれた侍としてではない。

 この世に生きる全ての命の同胞として、このような、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを許してはならぬと、はっきりとわかったのだ。


 これは災害ではない。

 これは運命ではない。


 これは、ただの敵なのだ。

 この世全ての、敵なのだ。


「鬼め!」


 ゲノスケは鞘を東京湾へと抜き捨てて、海を睨みつけた。

 鞘を投げ捨てるは合戦の心得。

 放たれた矢のように生きては戻らぬことを覚悟した決死の構え。

 ゲノスケは誰にも期待されぬ孤剣の身でありながら、世界最強の軍隊である、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れとの合戦に挑むつもりなのである。


 『生贄』ではなく『侍』として。

 『政治』によってではなく『義憤』を持って。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れと戦うつもりなのだ!


「来いっ! 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れよ!」


 冒頭から数えてきっかり、三分が経った時のことである。

 かつては命を生み出した万物の母であり、それ故に、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れをも生み出した罪深き海を、ゲノスケは力強くにらみつけた。

 そのまま、廃墟となったビルの屋上から飛び降りる。



「うおおおおおおおお!!!」



 ゲノスケは裂帛の気合とともに、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れへと、勝負を挑んだのである。



 ああ。

 わかりきった勝敗など、語る価値はないのだろう。



 それでもあの、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを前に、泣き叫ぶのではなく激昂とともに立ち向かったゲノスケの、誰も知らぬ名誉を称えてここに記そう。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、全てを破壊するがゆえに、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れなのだ。

 ゲノスケは無惨に踏み潰され、そのまま後ろ足で砂をかけられるように東京湾へと沈んでいく。



 ────ただし。



 この話には続きがある。

 いや、そもそもとしてこの続きのお話こそが、話の本題なのである。


 すべてのモノには意味がある。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによって当たり前のように破壊されたゲノスケの死もまた、後の世に続くものを残す。

 かつては命を生み出した万物の母であり、それ故に、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れをも生み出した罪深き海は、それ故に、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れをも超える存在を生み出そうとしていた。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに対して、それらに破壊されたすべての命が宿した怒りや嘆き、哀しみに狂気を資源として生まれる、たった一匹の王。

 このまま全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが頂点に立ったまま地球が破壊されることなど許されないという恨みを宿した、孤独なる怪物。

 破壊を止めるために破壊するという矛盾、破壊兵器が生み出す平和という矛盾、その矛盾さえも存在することで破壊する、破壊の化身。

 そう。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れという『破壊神』を破壊するケダモノ。


 小山ほどはありそうな巨躯。

 月をも砕きかねない鋭く固い牙。

 ギョロリと蠢く瞳に宿るは、あらゆる命の存在を許さなかった原始の炎。


 それは、鮫と呼ぶには巨大すぎ、鯨と呼ぶには凶悪すぎた。

 故に、その海の王の名を、人々はこう呼ぶことなる。



 ────『シャークジラン』、と。



 一年後、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』は、東京湾にて自身の天敵と、『シャークジラン』と出会うのだ。




【 孤高の王 vs 破壊の軍団 】

【 最強 vs 最凶 】

【 これは私たちが知らなかった 海獣王の誕生の物語 】



【 シャークジラン/Zero ~vs.全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ~ 】



【 2024年 4月 26日 ロードショー 】

【 この春  地球が 破壊される── 】


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全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを破壊してみせる、彼らは、そう誓った。 さすらいのヒモ @sasurainohimo

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