水難とカップ焼きそば

左原伊純

3分、耐えろ!

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは、何もしないということ。


 毎朝7時のニュース番組の占いを、私は律儀に毎朝信じている。


 今日、双子座が最下位。水難に注意とのこと。


 占いは大当たりだった。

 朝、横断歩道の前で信号が変わるのを待っていると、車のタイヤが水溜りを跳ね上げて私はびしょ濡れになった。

 着替えるために慌てて帰宅すると、台所の水道が流しっぱなしになっていた。


 さらに、会社の給湯室で同僚がひっくり返したポットのお湯が脚にかかりそうになった。本当に危なかった。


 本当は今すぐにカップ焼きそばを食べたい。忙しくて晩ご飯を食べ損ねて、腹ぺこなのだ。

 しかし、水難の日だ。

 こんな日はお湯を使うカップ焼きそばを作るのは絶対に危ない。


 しかし、お腹がぐうーと鳴って、そんなことはいいから、健康に悪くてとてもおいしいカップ焼きそばを食べようよと訴えてくる。


 どうしよう。

 本当にどうしよう。

 わかめスープも好き。


 テーブルの上のデジタル時計を確認すると、『23:57』。

 あと3分、何もしなければいいのだ。

 こうして、私はデジタル時計と睨めっこしながら、一切何もしないことにした。


 こうして夜中にじっとしていると、いろいろなことを考えてしまう。

 田舎の両親は元気かなとか。

 この前買った宝くじが大金じゃなくてもいいから当たらないかなとか。

 今日は同僚が会社の食堂でパリッパリでジューシーな餃子定食を食べていたなとか。


 ぐうーと、お腹が鳴った。

 何故食べ物のことを思い出したのか。セルフ脳内飯テロではないか。


 ようやく1分経過した。

 でも駄目だ。どう考えてもお腹が空きすぎている。

 あと2分のところまで耐えたのに、今からでもカップ焼きそばを作りたくてしかたない。

 戸棚からカップ焼きそばのパッケージを持ってきて、外側のビニールを剥いだ。別に焼きそばの香りが漂ってくるわけではないが、ますます耐え難くなってきた。


 まだ、あと2分。

 どうせ、お湯を注いでから3分も待たなきゃならない。

 と、考えて閃いた。


 今からカップ焼きそばを作れば、お湯が沸くのに1分近くかかると考えると、出来上がるのは『00:02』。

 水難を回避できるのでは!?


 お湯を沸かすところと、カップに注ぐところだけ最新の注意を払えばいいのだ。


 ポットのお湯が沸いた。

 そして、一滴もこぼさないように細心の注意を払いながら、そっと、そーっと、カップにお湯を注いでいく。最後のお湯がぽたりと落ちていく。それが手にかからないように、慎重にポットを元の位置に戻した。


 時計を見ると『23:59』。


 お湯を使ったのに、何も起こらなかった。


「勝った……!」


 あとは明日になったら心置きなくカップ焼きそばを食べればいいんだ!


 そして、『00:02』。ついに3分経過した!


 わーい! 湯切りだ。ばんざいした。

 流し台にカップ焼きそばを持っていく。シンクがべこっという音を出すのが結構好きなんだよねーと、思いながら、お湯をどーっと捨てた……ところで。


 焼きそばもシンクにどーっとこぼれ落ちた。



 翌朝7時。

 ニュース番組の占いが始まった。


『今日の11位は双子座! 些細なドジに注意!』

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水難とカップ焼きそば 左原伊純 @sahara-izumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説