没作品集

黒犬狼藉

優輝悠多と姫王子

 ーー君たちは、人生で一生に一度と思える体験はしたことがあるだろうか?


 例えば、目の前に隕石が降ってくる。

 例えば、宝くじの一等賞が当たる。


 勿論、そんな大層なものじゃなくてもいい。

 日常生活の延長線上、日常に紛れ込む非日常。

 別にソレがなんでも構わない、ただ一生に一度の体験と思えれば。


 僕にもソレは当然ある、きっと面白い話だから是非聞くといい。

 さて、どこから話そうか……。


ーーーーー


 春の日差し、暖かな陽を感じながら俺は新たな制服に身を包んでいた。

 高校入学、ソレも地元では有名な私立校だ。

 本来ならば俺の学力では手の届かない学校だったが幾つかの幸運が混じり合い偶然にも入学できることとなった。

 とはいえ、そんな幸運も理由を聞けば納得のもの。

 俺が入学した学校、布津乃宮高等学園は去年まで女子校だったのだ。


 女子校、なんと甘美な響きだろうか? 男の身からすればその甘美な響きは胡蝶を呼び寄せる花の蜜のよう。

 俺もその蜜に誘き寄せられた1人だった。

 中学ではちょっとした事で大ゴケし、モテるどころか校内では少し有名な変人奇人扱い。

 流石に3年も経てばその嘲笑も収まっていたが、時たまに掘り返されては笑われる始末。

 そんな環境も嫌ではなかったが、やはり俺も1人の男。

 気楽に話せるガールフレンドではなく、親密な関係の彼女を欲したのは仕方ないことだろう。


 もしくは、周囲に纏わりついていたバカを引き剥がしたかったのかもしれない。

 愛されるべきバカ、根っこは悪い奴らじゃないんだが少し抜けてるところがあり無意識に小さな地雷を踏み抜くことに定評がある三馬鹿。

 名前は、田代飛馬(ヒューマ)に斉藤礼治(レージ)に坂村修斗(シュート)。

 中学卒業の時は、咽び泣きながら別れを惜しんだものだ。

 ……そういやアイツら、高校に合格したのだろうか? 少しばかり背伸びをするという話を聞いていたりはしたが俺もアイツらも最終学年でクラスが別々になり勉強漬けに入ったことで碌な会話をしていなかったしな。

 とはいえ要領のいいアイツらのことだ、余程の何かがない限り近くの三高(三谷高校)とかにでも言ってることだろう。


「アレ? ユータじゃねーか!! お前もフツコウに来てたのかよ!!」

「……、は?」


 何か聞き覚えのある声がする、そう思い振り返ればそこには三馬鹿の1人。

 天然のヒューマがいた。


 ……、通りでラスト半年は連絡しなかったはずだよ……。

 俺はともかくお前の学力で此処に受かるのは至難の業だからな……。


 と、そんなことを考えていたらまた見知った声が聞こえる。

 流石に小説じゃあるまいし……、と思いながらそちらの方向を向くと……。


「マジでユータにヒューマじゃねぇか!!」

「な!? オレの言った通りだろ?」


 満面の笑みでこちらに手を振る2人の姿が……。

 顔のレージと運動のシュートじゃねぇか……。

 お前らもかよぉぉぉおおお!!(心の叫び)


「オレとシュートは一緒に勉強してたから知ってたけどまさかお前らも此処ってスゲー!! 奇跡ってあるんだな!!」

「マジでソレ!! おっしゃ!! 入学式終わったら全員で飯食いに行かね? ほら、近くに新しい焼肉屋できただろ?」

「ちょっと待てよ、シュートにレージ!! なんでコッチに教えてくれなかったんだよ!? というか勉強会ってなんだ? コッチは呼ばれてないぞ!?」

「とりあえず騒ぐなよ、周りの人らみてるから。話は後でしようぜ?」


 とりあえず、全員煩いので静かにさせる。

 興奮する気持ちはあるがそれ以上にコイツらも女性目当てかよという呆れが……、ゲフンゲフン。

 だめだ、どう足掻いても自分に返ってくる。

 俺もこの学校に割と下世話な欲望丸出しで入学したから人のことを言えねぇ……。


「そういや、お前ら教室は? 俺は1だけど。」

「コッチは2だけど?」

「オレ、3。」

「へー? ワシは2」

「微妙な別れ具合……、笑えるな。」

「「「だな!!」」」


 こうして、俺の学園生活は始まり……。


 2年半経過した。


 何もなかった。

 思ったより何もなかった。

 というか,此処一年半ろくに女子とも会話してない……。

 比率的に1:2ぐらいのはずなのに俺がこの一年半で事務以外の会話をしたのはあの三馬鹿とギャル軍団だけ……。


 泣きそうだ。


「おー、ゆうっち? どうした?」

「俺は今、壮絶に泣きそうなんだよ……。」

「何々? あーしが聞いてやっからさっさと吐きな!!」


 目の前で話してる彼女はオタクに優しい系女子こと猫宮さん、渾名はジャガー。

 無駄に胸元を広げた制服の着こなしの中にジャガー柄のブラジャーが見えるのはお約束。

 最初の頃は見慣れずあたふたしていたが、今ではこのチェリーボーイもすっかり慣れちまったよコンチクショウ!!

 ついでにギャルとは言ったが、別に男癖が悪いわけじゃない。


「彼女が欲しいんだよー、みやえもんー」

「うーむ、こりゃ難題。この学校の子って割と百合百合してるし?」

「姫王子とか? 女王様も割と人気だよな? 主に女子から。」

「そそ、男子もモテないわけじゃないけど……。ま!! どうしてもっていうのならあーしが付き合ってあげるけど?」

「浪漫を夢見てるわけじゃないけど、デートで行きたい場所で焼肉を上げる女の子と付き合いたいと思うかい? しかも奢らせる気満々だし。」

「にゃっははー、酷くないかにゃー?」

「妥当だろ?」


 まぁ、彼女とはこんな感じの関係だ。

 さらに言えば俺と特別仲がいいわけではなく、クラス全員に対してこんな態度をとっている。

 最初はあの馬鹿どもが勘違いを起こしていたが現実を見せた(殴った)ところ正気に戻った。

 やはり、拳は全てを解決する。


「おい!! ユータ!! っと、みやさんじゃん、ユータと何話してたんだ?」

「レージっち!! 聞いてよ〜、ユータが酷いったらありゃしないんだぜェ?」

「コイツはいつもこんな感じだろ、っと。ソレよりさ、姫王子様にまた女子が告白してフラれたらしいぜ?」

「あー、はいはい。知ってる知ってる、二組の子でしょ?」


 そう言えば、姫王子のことを話していなかったな。

 丁度いい、ついでにこのクラス全員をサクッと紹介してしまおう。


 まず最初に、俺たちが入学した代は何故か女子の顔面偏差値がアホほど高かった。

 目の前にいる猫宮も割と美女、普通の学校にいればその顔面偏差値の高さから持て囃されていたこと間違いなし、

 だが、そんな彼女も霞むほどこの学年には美女が多い。

 そして、その美女たちが集う教室。

 ソレが2年一組、つまりこのクラスと言ったわけだ。

 その中で、トップを争うほど美しい美人が2人いる。


 姫王子こと野々宮玲香と女王様こと伊勢宮乃華だ。


 この2人は滅茶苦茶美しくて女子からモテる。

 特に姫王子は休憩時間となれば即座に周囲に百合百合な女の子が纏わりつき、仲良く談笑する様子が見られ、俺たちはソレを血涙を流しながら見ることしかできない。

 というか、誰よりも早く学校に来て教室の掃除をしてるとかいう噂があるほどの完璧超人を羨む方が間違いか?


 んで、女王様は……、まぁこの学年の女子の統率をとっている。

 そして、放課後になれば彼女のお気に入りを連れて百合百合しているという噂があったりする、真相は知らない。


 と、そんなことを考えていたら目の前の2人は頭の悪い会話をしている。

 株の売買で儲けるだぁ? 馬鹿馬鹿しい、元手がなけりゃ何にもならんよ。


 と、そんなことを考えていたからだろうか?


「あーあ、俺と姫王子が付き合う可能性は無いのかな……?」


 そんな、柄にもないことを呟いてしまった。


 ふと、視線を姫王子に投げかける。

 一年半も経っているのにその人気は、その美貌は衰えるどころか益々輝いているだろう。

 会話の内容は聞こえないが、おそらく最近のブームに乗っかりそのことでも話しているのかもしれない。


 なるほど、唾棄したいほどに上っ面なだけだ。


「ユータ? どうしたんだぜェ? まさか姫王子に告白する気!?」

「ハッ、まさか。身の程は弁えてるよ。ソレに、俺は彼女と一切話した事ないしな?」

「お前、モテないもんな!!」

「お? 喧嘩か? レージ。受けて立つぞ!!」


 俺はそう言い合いながら軽く取っ組み合った。


ーーーーー


 とある日の夕暮れ、俺は部活終わりで忘れ物をしたことに気付き、慌てて教室に戻っていた。

 時間帯は6時半、日は半ば落ちており早く戻らなければ真っ暗な中帰らなければならなくなる。

 

 そう思い、早歩きで校舎に赴き下駄箱の列に着いた時……。


 音が聞こえた。


 女子の話し声だ。

 ソレも、聞き覚えがある。

 

 ……そうだ、思い出した。

 クラスメイトだ、女王様とよく一緒にいるあの3人組。

 アイツらは帰宅部だったはず、こんな時間に学校に用事があるなどまず無いはずだが……。

 そう思い、コッソリと3人の話に聞き耳を立てる。


「……ってあの子も馬鹿だよねー? アハハハッ。」

「でもぉ? 去年のミスコンの恨みで此処までって酷くなぁい?」

「そう? じゃあ辞めたらいいじゃん。私は楽しいからやるケド。」

「まさかぁ、辞めるわけないじゃん。そぉなったら次にいじめられるの私だしぃ。」

「っと、早く早く!! わざわざ時間をずらして私たちの仕業ってバレないようにしてるんだし!! そろそろ部活終わりの人達が帰り始めるよ!!」

「まあまあ、落ち着きなさいって。今までバレたことないんだしきっとバレないわよ。」


 そう言って個人ロッカーをガチャガチャやってる音が聞こえる。

 

 え、えらいこっちゃ!! せ、先生に言わなくちゃ!!


 そう思いながら息を潜める。


 10分程度だろうか?

 嫌に長く思えたその時間は、ソレでも早く過ぎ去った。

 

「……、マジかよ。」


 ボソッと、心の底から声がでる。

 別に、彼女がいじめられていることは知っていた。

 知っていたというよりかは、噂として流れていたの方が正解だろうか?

 兎も角、確かにソレを知ってはいた。


 関わりたくないのだ、誰も。

 クラスの中心、この学年の人気者。

 絶世の美女と言っても過言ではなく、快活でみんなから好かれている彼女に。


「……、流石に掃除ぐらいはしておくか。」


 汚された下駄箱、個人用ロッカーは流石にタオルを手に取る。

 ブス、ゴミ、死ね、消えろなどと言う油性ペンで書かれた罵詈雑言を懇切丁寧に消していく。

 流石油性ペン、全然消えない。

 ……、仕方ない。

 校則では禁止されているがスマホを使い油性ペンの消し方を調べる。

 

 ふんふん、消しゴムを使えば消せるのか。


 そうとわかれば早速実行、鞄をガサゴソと漁り筆箱から消しゴムを取り出すと罵詈雑言の数々を消し始める。

 何回も擦れば色は薄まり徐々に消え始めた、うーしこの調子で頑張るぞ〜。


 そんなふうに呑気に考えながら全て消し終え掃除し終わった頃にはもうすっかり日は落ちていた。

 スマホを見て確認すれば現在時刻は8時手前、そりゃ暗くなるわけだ。

 体も冷え、怠さに襲われながら俺は家に帰った。


ーーーーー


「ノノっちじゃーん!! おっはー!! 相変わらず早いねー、っと。ユータっちも珍しく早いじゃん!!」

「おはよう、猫宮さん。」


 俺は軽く手を振りソレに返す。

 うん、言うまでもないがジャガーだ。

 教室には俺と姫王子、ソレとジャガーの3人のみ。

 ジャガーは姫王子に話しかけ、俺は1人悲しくコンビニで買ったパンを貪る。

 今日のメニューはいちごジャム入りメロンパンだ。

 しかも見た目は緑に黒線ときている。

 メロンか、ウォーターメロンか、イチゴかはっきりしてくれ。

 うん、今日も午後のティーが美味い!!


「あ!! ユータっち!! 午後ティーを朝に飲んでるんだー!! いっけないんだー!!」

「ブフォッ!! いいだろ別に!? 午後ティーを朝に飲んで何が悪い!!」


 少し紅茶を吹いてしまった、制服の腕で机を拭いとくか。

 軽く机を拭き、再度訳のわからないパンを食べる。

 何がムカつくかというと地味に美味いのがムカつく。

 まぁ、不味いよりはいいのだが……。

 

「ソレって美味しいのかい?」

「うぉおい!? 野々宮さん!?」

「あれ? 僕何か怖がられることってしたかな?」

「いいいいいいいいやいやいやいや、べべべべべつにににににに!!!」


 

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