没作品集

黒犬狼藉

ブラッド・アビス 〜獣狩りどもの夜〜

 世界に蔓延する病があった。


 世界に存在する病があった。


 神話から続く、病があった。


 その病の名前は『血の能力ブラッド・ゲノム』、過去のは超能力と称されていたが世界の知識を寄せ集めた十字の宗教に成り代わる世界最大の宗教が定義したモノ。神話からこぼれ落ちた人外の能力。人の埒外の断りによって運営される最大規模の学園。そこに住み日夜ブラッド・ゲノムの研究に勤しんでいる集団が公表した事実は世界に広く広がっている。


 曰く、ソレは人類全員が発症する可能性のあるモノである。

 曰く、ソレは常識となった自然の理を無視するモノである。

 曰く、ソレは血を媒介として発生する超常のモノであある。

 曰く、ソレは在来の肉体を自然にまたは不自然に強化するモノである。

 曰く、ソレは在来の肉体では発生できない現象を起こしうるモノである。

 曰く、ソレは体系化可能な能力と個人でしか扱えない二種類に分けられるモノである。


 曰く、ソレは可能性として獣の病を発症するモノである。

 

 他にも続く、絶対の条件。ソレらを全て解明することが人類の最大目的とされるほどに全貌は不明ながら、ソレは人類の生活に欠かせない絶対的なものとなった。支配者とされる区分の人間は遺伝的要因から必ずこの能力を保持し、不自然な能力を振るい平民を従えた。言い換えればルネサンスに突入し社会全体が貴族や王に支配される暗黒時代の中世から抜け出そうとする大渦の中でも直接的に貴族に対し牙を剥こうとしないほどにソレは保持者に影響力を与えた。だが条件から見て取れる通り、ソレは決して貴族だけに利益を与えるものではない。貴族以外の、平民や奴隷の身分とされる人間にすらその能力は与えられた。しかしソレは決して幸福なものではなかった。持つだけで他者には恐れられ、疫病神や破壊神のように怖がられる存在となる力を誰が望んで身内として囲おうか? 貴族の既得利益を奪いかねないソレを誰が歓迎しようか? 考えるまでもない話、身分不相応の能力を持つ者は多大なる不利益を受ける。ソレは人間社会の常識だった。

 だが同時に、そう言った人間を罰することは酷く難しかった。社会全体で、人類のあらゆる存在が保有するその能力を取り締まるということはすなわち人類全てを殺害するということに他ならない。ソレは貴族などの社会的上位者にとっても不利益を被る。故に彼らは宗教を利用した。『巡礼』と称してこの世界の最大規模の神殿と呼ばれる牢獄に連行し『神託』を受けさせ洗脳し不可能ならば『洗礼』という名前の獣が蠢く迷宮に封じ込めた。

 その迷宮は蠱毒の坩堝だった。ブラッド・ゲノムを持つ存在が犇き、寿命を超越するほどに己を鍛え上げた存在がその中で飢えている。餌として投げ込まれる洗礼待ちの人間は、良い餌とばかりに獣に、同じ人類に捕食され上を満たす要素とされる。

 そしてその中に、新たに一人連れられている少年がいた。


「……こ、こは?」


 疑問符を口からこぼし、投げ捨てられた周囲を見る。体にはひどい痣があり、過度な暴行により記憶を失ったことが考えられるかもしれない。体がひどく痛み、空腹により腹が根を上げる。同時に再度扉が開き何か武器のようなものが投げ込まれたのが伺えた。武器、もしくは武器のようなもの。そうそうするに相応しい見た目をしたソレ、赤く血管のようにラインが走り脈動しているかのようにそこに佇むソレ。例える形容はそう、大きな鉄の槍かグレイブだろう。何キロも、少なく見積もっても10キロを超えるであろうソレは少年の得手モノであると直感させた。

 恐る恐るとばかりにそのグレイブを掴む。そのグレイブは少年の手に触れると一度大きく脈動し彼の手に馴染んだ。そのまま、軽く一回転させる。超人じみた能力を持つ少年は15キロのそのグレイブを容易く振り回し、満足そうに微笑む。心細くはあるが、得手物があるかどうかで心意気は変わるのだろう。満足そうに微笑んだ少年は、そのまま漆黒の通路の先を見る。

 獣の遠吠えが聞こえた、同時に何かが走る音が。闇しかないその世界にある微細な光は目から吸収され、その世界を絵として認識する。息を吐く、恐怖はない。何故かは分からないが感じていた恐怖は、今の少年にとって不要であると断言できる程度のモノだった。

 真新しくも、自分に馴染むそのグレイブを見る。何かしらギミックがあるようで、何かをきっかけとして展開しそうではあるが不用意に触れるのはひどく躊躇われる。壊れるのは酷く不味い。得手物がなくなればこの万能感は消え去り、闇路の恐怖にまた曝される。それだけは嫌だ。

 若干湿ってきた通路から逃げるように、少年は歩き出す。何か嫌な予感がする、酷く嫌な予感が。あのままあそこにいればそのまま死んでしまうような。そんな予感がする。そんな恐怖に駆られ、歩みを進める少年だったがその歩みは自ずと止まらなければならなくなった。


「ーーーーーー、ガァァァァ……。」


 唸り声を上げる獣がいた。決して見ていて気持ちのいいモノではない獣。人型ではあるものの、体には毛が生え目は白内障のように白く染まっている。見ていて気持ちのいいものでは決してないソレ、そんな獣は少年に向かってゆっくりと歩みを進めてきた。考えなくてもわかる、目の前のソレは少年の命を狙っている。少年はグレイブを強く握りしめると、恐怖を飲み込み一歩目を踏み出す。踏み込んだ一歩目の音は嫌に酷く反響し、だが勇気を讃えるように大きく鳴り響いた。殺さなければ殺される、そんな一身と共にグレイブを振るう。決して素早くないその獣の心臓を狙い踏み込んだ二歩目、その二歩だけで少年のグレイブは獣の心臓を貫いた。在来の生物ならばそれだけで即死が確実であり、だがしかしこの生物にはソレは結局無意味であった。慢性的な動きで腕を振るった獣、死をもたらしたという確信から油断していた少年の頭部を揺らす。脳震盪が発生し、一時的に記憶が吹き飛ぶが即座に意識が戻り少年は槍を引き抜いた。死なない、その様相はまさに不死者。その戦い方はまさしく獣、根源的恐怖を呼び覚ますような戦い方に少年は動揺を隠しきれない。

 だが殺さなければ殺されるという思いは以前変更なく、引き抜いたグレイブをただ本能が導くままに自分の左腕に刺す。普通ならば狂気としてしか認識できないその行動だが、無意味などではない。少年の血液を浴びたグレイブが活性化し、うねりをあげる。本能が導いたその行動は現在において最優の行動となった。


 『獣狩りの武器ブラッド・アイテム


 ある人物は斧、ある人物は槍、その武器の共通項は血液を吸収し自然では発生しない現象を発生させるもの。わかりやすく言い換えればソレは魔術だ。この世界では『血の魔術ブラッド・マジック』と呼ばれているソレは、この状況の突破口となる。グレイブに与えられた血液は数百ml。少なくはないが多くもない。だが変化は劇的に、そして迅速に発生する。グレイブから鉱物が、鉱物のようなものが発生した。ブラッド・マジック、その中でも地味の代表とされる『血鉄の魔術アイアン・マジック』だ。少年の武器から発生したソレは、石ころのような形状で発生しそのまま望む方向に飛ばされる。飛ばされた鉄塊は獣の体躯に突き刺さりそのまま獣の体勢を崩した。

 一気に駆け寄り、そのままグレイブで体を切り裂く。最初は右腕、次に左腕、右足、左足、胸、腹、尻、そして首。どこを切り刻まれようと蠢いていた獣は最後に首を切られることにより急速に動きを止めた。同時に鮮血が噴き出し、少年の渇きを誘う。血を失ったことにより、空腹感が強調されたのだ。誘われるままに溢れ出る鮮血を飲む。見たことのない強靭には見える外套にもその鮮血は降り掛かり、若干の気持ち悪さを誘うがそんなことはお構いなしに血液を飲み干していく。音を上げ、血を飲んだ少年は空腹感が誘うままその肉を生のまま捕食し飢えと渇きを満たす。最初は右腕、肉は少なく皮が多い、皮が多くて過食部位が少ないと嘆きつつ、骨ごと砕きながら肉を捕食する。まだまだ空腹感は強い、そのまま左腕をバリバリボリボリと噛み砕きスナック菓子のように口で指が割れる感触を味わいながらグレイブを用いて腿を切る。腿は大量の肉がついており、酷く甘美な匂いが少年の鼻に届く。穴に届いたその匂いは鼻腔を擽り、空腹感を強調させた。最初は一切れ、グレイブでスライスした薄い肉を口に持っていき、口に投入する。旨い、美味だ。空腹により強調させた薄味の肉は、血液という鉄錆の味によって彩られ少年の口の中を真っ赤に染め上げる。ブラッド・ゲノムにより身体構成が大きく変わった少年にとって人型の獣、もとい人が獣になった存在はひどく美味に感じるものだった。

 そのまま齧り付くように肉を貪る、美食を食べるのは早いのが当然だというように十分もしないうちに骨ごともも肉を平らげてしまった。勿体無い、そんな思いが燻るなか残った胴体に目がいく。腿がこれほど美味いのなら、果たして胴体は? そんな当然の疑問が想起され、確かめるべく動体を弄る。先程から見えてはいたが外部に性器が付いていない。記憶を失っていてもわかる、コレは女性だ。女性であれば肉は柔らかいはず、柔らかい肉は旨い。故に期待を持って、腹を切り裂き物を引き抜く。若干の悪臭、アンモニア臭と硫黄の匂い、そして糞便の匂いがするがそ俺は必要経費とわりきりそのまま内臓を食らう。旨い、非常に旨い。内臓特有の食感やアンモニア臭などのアクセントからより一層貪るように食欲を掻き立てられ、中に入っていた糞便を気持ち悪いと吐き出すとそのままその肉を貪った。通っている血管からは脈動を止めているはずではあるものの少年が強く踏み倒しているせいで血液が噴出している。その血液は喉を潤し、より食べやすくするためのアクセントとなるだけだ。そのまま流れるように臀部に視線を逸らし食べる。旨い、柔らかくて美味だ。バキバキグチャグチャ、旨い旨いうまい。あまりにも美味しいそれにより一層かぶりつく。徐々になくなる肉に目もくれず、頸にかぶりつき脳髄を引き摺り出し啜るようにジュルジュルと飲む。喉を通る脳みそはまるでゼリーのように喉を潤し、余りの美味は肉体の活力になる。煎餅のようにバリバリと割れる頭蓋は芳醇で濃厚な味わいである。


 人の姿から大きく離れたソレ、獣である存在。生食などと誉められたものではない行動でありながら味覚はそんなことを思わせない。あまりにも美味に感じるソレは空腹を癒し理性を戻す。やや血に濡れた手を見て狼狽えた少年は、だが恐怖以外の感情があるその瞳はそのまま周囲を眺めそのまま手についた血を着ていたローブで拭う。

 少年の衣服は丈の長いローブに伸縮性の高いインナーだった。このまま成長してもその服は少年にあっているだろう、メンテナンス要らずといったところか。ズボンも同様に、丈余りではあるものの間違いなく少年の動きをそがするものではない。また耐久性は高いことが伺え、衝撃から身を守ることは難しいだろうが、傷をその体に付けるのは相当難儀なものだろう。最も、難儀とはいえ不可能ではない。この神殿、もとい牢獄に犇くのは人智を逸した化け物だ。そんな化け物が犇めいている以上多少強いだけの服など心身を守るにどれだけの意味があろうか? いや、一寸先は闇である現状その程度の防護服でもないよりはマシなのだろう。現状の確認を終えた少年は、ゆっくりと体をひねる、空気がまた湿ってきた。同時に、何かが歩く音が聞こえる。人智を逸したその体躯は以上なほどに警鈴をならし、今すぐここから逃げろと叫んでいる。

 徐々に濃くなっていく湿っぽさは霧を纏い出した。同時に足音も大きくなる、反響するその音は間違いなく恐怖の対象に他ならない。思わず、少年はそのような様子で足を動かす。本能に従うのは決して間違いではない、知恵を得た人類が持つ最も原始的な知恵こそが本能なのだ。知恵なくして、本能無くした存在を果たして人間と言えようか?

 必死に、だがグレイブは決して手放さず。頼りならない体を頼りに道を一気に突き進んだ。進むとはいっても、ここは迷宮。長年内部に引きこもった獣と『巡礼の能力者ブラッド・カトリック』によって拡張に拡張を重ねられその全貌は完全に不明となった知ることが可能な権能があれば話は別だろうがそうもいかない。慌てふためき、恐怖に慄きながら獣の息が鼓動する迷宮を駆け抜ける。


 走り


 走って


 走り続けて


 息が切れた、体を投げ出す。息が続かない、体が酸素を求めている。理外の住人、獣を狩るモノ。すなわち『狩人』となった彼だが、まだその体のメカニズムは人間と大差ない。人外へと足を踏み出すには、まだ血が足りていないのだ。『血の能力ブラッドゲノム』が、二重螺旋に刻まれたその血脈が。さらに個として進化するために、情報として他者の『血の能力ブラッドゲノム』を求めているのだ。

 地面に大の字で寝転んだ少年は、硬い石の地面の感触を感じる。背中が痛い、小石が背中に当たり続ける。だがそれで良い、それでもいい。今はこの恐怖から逃れたという事実だけで十分だ。あの発狂してもし飽き足らない恐怖から逃れたという事実だけでもう十分だ。命を手放したくない、その一心で逃げ惑った。最も、その恐怖が心を支配したのは一瞬だけだった。息を吐けば勝手に落ち着く、平常心に戻る。記憶がない、どんな存在であったのかもわからない。だが、それでもこの一瞬の知見で得た知見は新たな性格を形作った。


「あ……、人? 人人人人!!! 人がいる……!? 貴方は誰? 誰誰誰誰? ダァれ?」


 獣が、襲いかかってくる。言語を介する獣が、先程みたいな小さく白い獣ではない。少女の顔をし、少女の体を持つ。だが、獣。そんな存在がそこにいた、そこで少年と目を合わせていた。獣の大きさは130〜150だろう、大きくはない。問題はその手に持っている鞭だ、その獣は武器を持っている。体に力を入れ、跳ね起きる。グレイブを手に取り、起き様にそのまま横に一線。襲いかかってきた9本の金属でできた鞭を絡めとる。金属同士がぶつかる音と共にそのまま獣は急接近し、少年に拳を叩き込む。少女然とした肉体からは考えられないほどに重圧で、だがその体躯から飛び出すことは予想できたその疾い拳は少年の腹部を抉った。内臓がこぼれ落ち、人間としての生存本能が警笛を鳴らす。視界が軽く赤に染まった、血が溢れ出す。少年はその血をグレイブに付着させ、いくつかの鉄塊を作成し飛ばした。腹、胸、首、顔。4箇所に当たった鉄塊は通常の人間ならば体を持っていかれ、箇所によっては骨に傷を入れたかもしれない攻撃。だが、相手は獣。そんな常識は、ない。通常など存在しない『血の能力ブラッドゲノム』保持者たちの戦いにおいて、骨が折れた、臓物が飛び出したなどよくある話でしかないのだ。


「ららららららら、楽しい!! 幸せ? 幸せ幸せ幸せ幸せ!! ねぇねぇねぇねぇ、もっと遊んでもっと遊んで!! 兄様兄様兄様兄様!! 姉様姉様姉様姉様!! 私の大好きな家族家族家族家族!!」


 獣に、知性はない。知性があるように見えるのならば、それはその人物が規格外か。。もしくは生前の行動をなぞらえているだけだ、少なくとも目の前の獣に知性などない。そして、たとえ知性があったところで少年にとってその獣は狩るべき対象だ。自分を襲う存在であれば、それはどこまで言っても狩の対象でしかない。グレイブに絡ませた鞭を力任せに奪い取り、そのまま石突きを獣の胸に刺し込む。白濁した瞳の焦点は不明、体にはビッシリと獣のように体毛が生えている。毛は破れ破れの衣服から露出しており、卑猥さよりも先に酷い冒涜を感じる。その衣服は元々は皮で作られた村人装であったのだろう。そう伺わせるその衣服は破れ、鎖骨の下まで生えている獣の毛は全てを覆う。そんな毛で覆われた腹部を拳で殴りつけ、湧き上がる鮮血を口を合わせて飲み込んだ。


「美味しい? 美味しい美味しい美味しい美味しい!!? ねぇねぇねぇねぇ!? 私の母乳は美味しいかしら!?」


 過去の経験か、もしくは他の何かか。獣にとってその姿は親がまだ一人で生きられぬ子に食物を与える授乳行為に見えたらしい。毛が生えた腹部に口を当て、赤黒く口を変色させた少年はチラリと一瞬獣を見た後そのまま血液を飲む。飲み始めて数十秒で少年の腹部は癒えた、服に付着した血液は消え服を修復する素材となる。蒸発するように消える血液を見ながら柔らかく、そして鉄の味がするモツを味わった。グチャグチャ、ペチャペチャ。獣の内臓が五臓六腑に染み渡る。甘露の果実、そう例えるほどに美味く旨く甘い。そのまま瞳を覗き込み狂嗤する獣の頭を潰す。

 脳髄を引き摺り出した、中身は未だ固形でしかない。生体反応のように未だピクピクと動くその両手足を千切り上げ喰み尽くしハムのように頬張る。女性特有の柔らかな肉、柔肉はそのまま血液にくじゅうを味わう。甘露にして美味、例えようのないその甘みは少年の心を満たし脳髄を麺のように啜る事で喉を潤す。頭蓋の天をクッキーのように噛み砕けば正しく駄菓子が如き。


「rrrrrrrrrrrrr」


 壊れたように喉からこぼれる息を断ち、肺を

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