スタンディングオベーションを俺にくれよ
月見 夕
【前編】第四話「フルトラマンΔ VS 二角獣ディアドラス」
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。
空を仰げば、一分ほど前に突如として現れた二本角の怪獣・ディアドラスが高層ビル越しに見える。
二足歩行のそいつが鱗にまみれた脚で電柱を蹴飛ばすと、電線が派手な火花を散らした。そこここで悲鳴が上がり、緊急事態を知らせる怪獣警報のサイレンが、街にけたたましく鳴り響く。
ここは特撮「フルトラマンΔ《デルタ》」の世界。
宇宙の彼方からやってきた正義の味方・フルトラマンが、地球で暴虐の限りを尽くす巨大怪獣を倒すという、大人から子供まで誰もが知る超有名番組だ。
俺は子供の頃からフルトラマンに心を奪われ、今年で四十周年になる。
シリーズを通して最も完成度が高く、子供向け番組にも関わらず登場人物の人間模様にも焦点を当てており、ファンの中でも特に人気が高いのがこの「Δ《デルタ》」だ。俺ももう何度見返したか分からない。ビデオテープは擦り切れてしまったが、セリフや情景は全話脳裏に焼き付いている。
現実世界で不慮の事故に遭い、先ほどこの世界のモブに憑依したばかりの俺には、果たさなければならない使命があった。
「来るぞ……!」
ディアドラスが街のシンボルのタワーに手をかけたその時――主役は現れた。
俺の、俺たちのヒーロー。宇宙の果てより飛んできた銀色の宇宙人は、黄色い目を光らせて地球に降り立った。
「フルトラマンデルタ! 本物だ!!」
憧れ続けたその勇姿を間近に見上げ、思わず震えてしまう。隆々と引き締まった身体。流線を描く赤と青のライン。胸に光る、緑のタイマー。間違いない、あれは俺の唯一無二のヒーローだ。太陽を背に立つデルタは、画面越しに見るより一層輝いて見えた。
ディアドラスは主役の到着に一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐに億せず雄叫びを上げた。そこらのビルというビルのガラスが振動で割れ、逃げ惑う人々の悲鳴に降り注ぐ。
こうしてはいられない。二体の戦いを見守りたいのも山々だが、俺は俺の使命を果たさねば。
俺は踵を返し、デルタに背を向けて走り出した。
デルタ、お前のハッピーエンドは俺が演出してやる。
フルトラマンΔ第四話「フルトラマンΔ VS 二角獣ディアドラス」。この話の流れはしっかりと俺の頭に刻みつけられている。
デルタは地球を愛する宇宙の戦士だが、実はそれは仮初の姿。人間が宇宙の使者から力を借りて変身しているのだ。
その変身前の人間こそ、今作の主人公・
作中ではツヨシの恋模様なども並行して描かれる。第四話でツヨシは兼ねてより付き合っていた彼女・
デルタの正体がツヨシだとは知らないまま第1話から主人公を支え続けていたユリと、早々に結ばれる――そう思っていた。しかしこの回はファンの間でも感想が分かれる。
なぜならこのプロポーズは失敗に終わるからだった。
ツヨシは第四話の序盤からユリに指輪を渡すタイミングを窺っていたのだが、そうこうしている間に二角獣ディアドラスが街に現れてしまう。
プロポーズを即座に諦めデルタに変身して戦うツヨシだが、その最中に用意していたダイヤの指輪を落としてしまうのだ。
無事ディアドラスを倒すも、指輪をなくしたツヨシはユリへの想いを伝えられず、ユリはユリでいつまで経っても煮え切らない(ように見える)ツヨシの態度に業を煮やし、二人は破局する、というほろ苦いラストを迎える。
結局ツヨシはその後ユリと復縁することなく最終話まで誰とも結ばれないのだが、俺を始めユリ正妻派の者たちはどうしても夢見てしまうのだ。
平和になった世界で、その一番の功労者の隣に愛する妻がいたなら……と。
気持ち悪いファン心理だということは分かっている。でもあんまりじゃないか。
あの最後のシーンの、沈む夕日を見つめるツヨシの哀愁漂う横顔は何度観ても胸に来るものがある。
だから――これはチャンスなんだ。
この世界に転生することができた俺の、唯一の使命だとすら思う。俺がなくした指輪を見つけてやるんだ。
俺は瓦礫と化す前の街をひた走る。たとえデルタの目に映らない、そこら辺のモブのひとりだとしても。
ツヨシ、お前の恋を成就させるのは俺だ。
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