左利きなのに右利きの僕の右側に座る幼馴染には意図がある

穂村大樹(ほむら だいじゅ)

第1話 左利きの幼馴染

 駅構内にあるマクドナルド、その店内にあるカウンター席の一番左側の席が高校三年生の僕、右原みぎはら右京うきょうの特等席だ。


 カウンター席の前には地面から天井まで続く大きなガラスの壁があり、その向こう側には駅を利用する大勢の人々たちが忙しなく行き交う姿を見ることができる。

 その忙しない情景と店内にまで聞こえてくる喧騒が僕の心を落ち着かせてくれるので、このマクドナルドは受験生である僕が勉強をするのに最適な場所だった。


「あら、今日もいるのね」


 駅構内の喧騒をBGMに集中モードで勉強している僕の右側の席に、今日も今日とて何食わぬ顔で座ってきたのは幼馴染の左倉さくら左央さおだ。


 幼馴染なら仲が良いのが当然だと思われるかもしれないが、僕と左央は犬猿の仲で、僕は左央に向かっていつも通り怪訝な表情を浮かべ、開口一番こう言った。


「何回邪魔だって言ったら理解するんだよ。別の席に移動してくれ」


 普通の人間が僕の右側に座ることは邪魔だと思わないし、別の席へ移動するよう促すことも無い。

 しかし、左央とは犬猿の仲な上に、左央は普通の人間ではないので僕の右側の席に座られると勉強が捗らなくなってしまう。


 --そう、左央は左利きなのだ。


 全世界の左利きの皆さん、普通の人間ではないとか言ってごめんなさい。

 あくまで右利きの人間が多数派で、左利きの人間が少数派だと言っているだけで貶しているわけではないのでご注意を。


 僕は右利きなので左利きの左央が僕の右側に座ると、僕の右腕と左央の左腕が接触し勉強に集中できなくなってしまうのである。


「アンタも懲りないわね。何回言われても別の席に移動なんてしないわよ」


「懲りないのはお前の方だろ? 丁寧に邪魔だって言ってやってるのに毎日右側の席に座りやがって」


「邪魔だって言ってる時点で丁寧じゃないんですけど?」


「力づくで移動させてないだけ丁寧だろ。せめてもう一個右側の席に移動してくれれば腕同士がぶつかることもなくなるのに、なんでわざわざ俺の右側の席に座るんだよ」


「うるさい。私がどこに座ろうが私の勝手でしょ? それに邪魔だって言うならアンタが移動したらいいんじゃないの?」


「この席は高校に入学した頃から僕の特等席なんだ。思い入れもあるしそう簡単に別の席に移動できるわけないだろ」


「自分は移動しないのに私には移動しろって都合が良すぎると思わないわけ?」


「ここはずっと前から俺の特等席で今日だって俺の方が早く来て座ってるんだから、後から来た左央が移動するのは当然の話だろ」


「私もこの席が気に入ってるの。気になるならアンタが移動しなさいよね。それじゃあ私、もう勉強始めるから」


 そう言って左央は勉強道具を取り出し、勉強を始めてしまった。

 気にいってるも何も、犬猿の仲である俺が左側に座っているというのになぜそんな席を気にいるんだか……。


 先程もお伝えしたが、見ての通り僕と左央の関係は最悪だ。


 そうは言っても、中学校を卒業するまでは良好な関係を築いていた。


 そんな僕と左央の関係が悪化し始めたのは、高校に入学してからのこと。


 高校に入学してからクラスに上手く馴染めなかった僕は、友達を作ることができず人間関係の構築に失敗した。

 そんな僕とは打って変わって、左央は持ち前のトーク力と圧倒的容姿で一瞬にしてクラスで一番の人気者という立場を手に入れた。


 陰キャの僕とトップオブトップの陽キャである左央--。


 僕から左央に声をかけづらくなるのは当然の話だった。


『ねぇ、なんか私のこと避けてない?』


 そう言われたのは高校に入学して1ヶ月が経過した頃の話。


 あの頃の僕は、自分は陰キャになってしまったのに左央はクラスで1番の人気者になっていることにフラストレーションを溜め込んでおり、左央の言葉に無性に腹が立った。


『左央が僕を見捨てたんじゃないか』


 今となっては惨めとしか言いようの無い僕の返答のせいで、左央との関係は完全に崩れ去ってしまった。


 そんな惨めな言葉を口にしてしまったのは、僕が一人になってからずっと『左央は僕が一人なのになぜ声をかけてくれないのか』とあまりにも他人任せなことを考えていたからである。

 これまでずっと仲良くしてきた左央なら、いつか僕に救いの手を差し伸べてくれると、そう信じて疑わなかった。


 しかし、左央が僕に救いの手を差し伸べてくれることは無かった。 

 左央に僕を気にかける責任があったわけではないので責めることこそしないが、裏切られた気分になっていたのは事実だった。


 その一件があってから左央とは疎遠になっていたはずなのに、僕がマクドナルドにいるのを見つけた左央は僕の気持ちなんて知らないでズケズケと僕の右側の席に座ってくる。

 喧嘩をした事実は無かったかのように左央が僕の右側の席に座ってくることに腹が立っている僕は、左央が僕の右側の席に座り始めてから1週間が経過した今日も、お決まりのように別の席に移動するよう促すのだ。




 ……。




 --いや、ごめんそれ建前だわ!


 僕は昔から左央のことが大好きで、今でも左央のことが大好きで、僕の右腕に左央の左腕が触れる度に胸が高鳴って、勉強に全く集中できないんだよぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎‼︎


 先程言ったことは全てが建前なのではなく、実際左央が僕と喧嘩をした事実は無かったかのように僕の右側の席に座ってくることには多少腹が立っている。

 腹が立ってはいるが、左央が僕の隣にいて、肌と肌が触れ合っているのことに対する喜びが大き過ぎて怒りなんて感情ほとんど消え去ってるわ‼︎


 こんな状態では全く勉強に集中できないし早く別の席に移動してくれぇぇぇぇ‼︎‼︎



 ……ごめん、取り乱した。



 どれだけ心の中で独り言言ってても意味無いし、一旦落ちつこう。


 とにかく左央には席を移動する気が全く無いので、このまま勉強を継続するしかない。


 集中できる気はしないが、僕たちは受験生なので、喧嘩中の幼馴染が隣の席に座り、腕同士が密着しているくらいで勉強が手に付かないと泣き言を言うわけにはいかない。


 そう考えて勉強を再開したはいいのだが……。


 やはり僕の右腕が左央の左腕に当たる。


 季節は夏から秋に移行しつつあるものの、制服は未だ夏服から冬服には移行しておらず、僕の地肌が左央の地肌に触れてしまう。

 左央の肌は驚くほどにスベスベで、僕のザラザラな肌で左央の美肌を傷つけてはしまわないだろうかと心配になるほどだ。


 そして当然肌と肌が密着すれば僕の胸の鼓動は早くなる。


 やはりこの状況では勉強に集中なんでできるはずがない。


「なあ、やっぱり別の席に移動してくれないか? 集中できないんだけど」


「だから移動しないって言ってるでしょ」


「そこをなんとかっ! 頼む!」


「いーやっ。勉強に集中できないから静かにしてくれる?」


「左央も集中できないなら別の席行ってくれよ⁉︎」


「だから嫌だって言ってるでしょ⁉︎」


「なんでだよ⁉︎ 喧嘩中の僕が横にいる上にどけどけってうるさくて勉強に集中できないなら別の席に移動した方が良いだろ⁉︎」


「移動する時間と労力が無駄になるでしょ⁉︎」


 僕がどれだけ別の席に移動するようお願いしても左央は相変わらず僕の右側の席から移動しようとしない。

 なぜそこまでその席に固執しているのかはわからないが、その席にそれほどの魅力があるのなら、魅力的ではない席にすれば流石の左央も移動してくれるのではないだろうか。


 そう考えた僕は、意を決して自分の右腕をわざとらしく左央の左腕に密着させた。


 これで少し当たる程度ではなく、僕と左央の腕は完全に密着した。


 これだけ僕の体が自分の体に密着していれば、流石の左央も嫌がって僕の右側の席から移動せざるを得ないだろう。


 そう悦に浸っていた僕は五分程無言で勉強を進めたのだが、左央は特に反応を見せない。


 まさかこれでも移動しないっていうのか⁉︎


「……これでも移動しないのか?」


「……だからしないって言ってるじゃない。この程度で移動するとでも思った? だとしたら考えが浅はかすぎるわね」


 少し間はあったものの、左央が僕の右側の席から移動することは無かった。

 まさかここまで密着をしても移動しないとは計算外である。


 てか待てよ?


 僕の右腕と左央の左腕が普段より密着してしまっているこの状況、どうしたらいいんだ⁉︎


 左央のことが控えめに言って大好き、控えめに言わなければ大大大好きな僕にとって、この密着度で勉強に集中できるはずなんてない。

 とはいえ、この状態から距離を取ってしまえば僕の負けとなってしまい、左央に席を移動してもらうことは叶わなくなってしまう。


 まさか自分で自分の首を絞めることになるなんて……。


 くっ、くそぉ! 俺にはもうこの状況を改善するなんて無理だ! 誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇ‼︎






※この作品はG'sこえけん音声化短編コンテスト応募作品です。

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全5話を予定しています‼︎

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