レポートの提出期限はあと三分

武州人也

日本の半導体政策が牧師による公衆トイレ連続爆破事件に与えた影響

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。今日の午後五時までに、『日本の半導体政策が牧師による公衆トイレ連続爆破事件に与えた影響』というレポートを、犯罪心理学の教授にメールで送信しなければならないのだ。レポートを提出できなければ必修科目の単位を落としてしまうし、それは留年という惨事をも招いてしまう。


 もうほとんど書き終えている。あとは結びの文を書いてメールに添付、送信するだけだ。マウスを握る僕の手は、嫌な汗をかいている。東の窓から見える空は黒い雲に覆われていて、強い雨の降る音がけたたましく鳴り響いている。


「本稿では、日本政府による半導体企業の誘致が一定の戦略的成果を挙げたこと、それが牧師マーカスの精神に悪影響を与えたことを明らかにした。しかしながら、マーカスの交友関係が彼に与えた影響についての洞察はいささか不十分であり、今後の課題としていきたい。」


 エンターキーを高鳴らせた僕は、一転、慎重な手つきでマウスを動かし、上書き保存ボタンを押した。あと一分半。メールの文面はすでに整えて下書き保存してあるから、あとは添付して送信ボタンをクリックするだけだ。


 ふう、と一息。勝った、と思った。送信したらトイレに行きたい。さっきから膀胱に我慢を強いている。膀胱だけでなく、胃袋も悲鳴をあげている。一昨日に鮮魚店で見かけて買ってしまった生食用クラゲ、あれを食べようか。


 下書き保存しているメールを開く。今書き終えた『日本の半導体政策が神父による公衆トイレ爆破事件に与えた影響』を添付。画面上のカーソルを、送信ボタンへと持っていく。


 そのときだった。東の窓が、ピカッ、と光った。それとほぼ時を同じくして、さっきまでメール画面を映し出しているノートパソコンの画面が真っ暗になった。


 それから二、三秒して、ゴゴーン、と、今まで聞いたことのないような雷鳴が轟いた。僕はあわや椅子から転げ落ちそうになるほど、雷鳴に驚かされた。


 留年を確定させた稲妻は、僕の膀胱をも決壊させた。


 


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