【KAC20241】誕生日おめでとう

XX

おめでとうのメールが毎年来る男の話

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは宴を開くことだ。

 その理由は、あと三分で今日が終わってしまうからだ。


 宴とは私の誕生会。

 今日は私の誕生日なのだ。

 たった1人でもやらなきゃダメだ。


 大人になると、自分の誕生日を忘れてしまうことが多々ある。

 子供のときは考えられないけどね。


 私が十年前に今の会社に就職して家を出てから。

 毎年、母が私の誕生日の日は、朝一番におめでとうメールを送ってくれるのだけど、今日は朝から忙しくてメールをしっかり確認していなくて。


 だって、忙しかったんだよ。

 尋常でなく。


 まるで「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」を、単身素手で止めて来いと命令されるような。

 そんな、理不尽な難易度の仕事。


 でも、皆その程度の仕事はやってるから、大変でもやんなきゃいけない。

 お金を貰っているんだから。

 私はそれが社会人だと思ってる。


 でも、そのせいでこういう細々したことに気づけなくてさ。

 今日が残り三分の段階になったとき、やっと気づいた。


 急がないと。


 私の誕生日に私が何か行動を起こさないと、私が私の誕生に感謝していないことになってしまう。

 それは私の存在に対する軽視だ。


 自分に対する軽視が何故いけないのか?

 自分最優先が尊いのか?

 それは自己中が良いってことか?


 いや、そうじゃない。

 誕生日はそうじゃないんだ。


 誕生日の軽視は、生まれて来たことで私が得られた利益の否定なんだ。

 誕生日を祝わないのは、生まれてこれたことを祝わないこと。

 人間がひとり生まれてくるのには、他人の想いが介在する。

 だから……誕生日の本当の主役は、実は本人じゃないんだ。


 だからいけないんだよ。


 自分の利益を100にすることを追い求めることと、自分を大切にすることは違うんだ。

 そこの違いに気づけたときが、私は人が本当に大人になれたときだと思う。


 私は台所に置いてある特級のブランデーをグラスと一緒に持って来て、テーブルでグラスをブランデーで満たした。

 そこで私は壁に引っ掛けている時計を見た。

 日付が変わるまであと一分。


 急がないと。


「誕生日おめでとう。そしてありがとう母さん、父さん」


 そう、自分と両親に対して言ってから口をつけた。

 喉をく強い酒。


 ……ふう。

 間に合った。


 そこで美味い高級ブランデーの香りに包まれながら。


 私は思った。


 今のプロジェクトが一段落ついたら、母さんのお墓参りにいかなきゃなぁ。

 もう五年経つんだよな。母さんが死んでから。

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